私のオフタイムに、ご案内します。
私の趣味は
旅行すること、鉄道に乗ったり写真を撮ったりすること、風景画を描くこと、好きなものを集めること です。
仕事をOFFにできた時に、撮った色々な写真や、描いた風景画や
集めたものの写真を、ここで紹介します。
もし興味を持って頂けるなら、見てやってください。

私の描いた水彩画
掲載記事紹介
京都市の景観をウォッチ
ローカル私鉄の小さな旅
私のコレクション・QSLカード
水彩画・鉛筆画
国内の懐かしい鉄道
オールディーズ・戦後昭和の時代
建築巡りの旅日記
いろんな鉄道といろんな駅
私の懐かしいもの展覧会
所長のコラム
他
出雲大社の大しめ縄
新年 明けまして おめでとうございます。
本日1月7日より業務を始めました。
本年も宜しくお願い致します。

出雲大社の大しめ縄
今年は、1月3日に 出雲大社 に お参りしました。
出雲大社には、日本一の 大しめ縄 が張られています。
新年に張るしめ縄は、家の入口に張って、悪気が家内に入らないように
するものと言いますので、今年は、出雲大社の大しめ縄にあやかって
一年の悪気を振り払ってもらいたいと思っています。
大阪中之島界隈 中之島の夕暮れ
御堂筋にかかる 淀屋橋 から見た
中之島の夕暮れです。

夕暮れ時の土佐堀川に写る
ビル影の風景
大阪中之島界隈 中之島公園
大阪の中之島は、パリのシテ島にも比べられる、風情のあるエリアです。
そんな中之島をウオッチしてみました。

中之島のプロムナード
右側の建物は 大阪市役所です。
大阪中之島界隈 中之島とシテ島
大阪の中之島は、パリのセーヌ川の小島 シテ島・サンルイ島 と
景観が似ています。
大阪の方が、パリよりも近代的なビルが多く、風情が乏しい気がします。
それでも、日銀大阪支店・大阪市庁舎・図書館・中央公会堂 あたりの
佇まいは、趣があります。
大阪へこられた時には、是非 中之島を散策して見てください。

天満橋から見た中之島
右側の橋の奥に見えるのが大阪市庁舎です。

トゥルネル橋から見たシテ島
尖塔が見えるのがノートルダム大聖堂です。
大阪中之島界隈 中之島バラ園
中之島は、東西約3km・南北70m~300m程の細長い島です。
その中にあるバラ園は、大阪支庁舎から中之島を東へ約500mの
ところにかかる難波橋(ライオン橋)の階段を下りたところにあります。

中之島公園 バラ園
大阪中之島界隈 大阪市中央公会堂
中之島のシンボル的な建物が、中央公会堂です。
1918年(大正7年)に、北浜の相場師 岩本栄之助 の寄付で
建設されました。
1999年から2002年9月まで、保存再生工事が行なわれ
2002年11月に リニューアルオープンしました。

中央公会堂の正面です。
右手奥に見えるのは、大阪高等裁判所です。
大阪中之島界隈 大阪市庁舎
大阪のメインストリート御堂筋が、中之島にかかる東側に建っているのが大阪市庁舎です。
1985年に竣工した現在の市庁舎は、鉄骨鉄筋コンクリート造8階建
外壁に花崗岩を貼った重厚な建物です。現在の市庁舎の前の庁舎の
鐘楼にあった みおつくしの鐘 も、現庁舎の塔屋に受継がれています。

大阪市庁舎
みおつくし(澪標)は、船が往来するときの目印で、大阪市の市章になっています。
また 旧大阪市庁舎にあった、みおつくしの鐘は
「夜の十時になったから家に帰りなさい」
と鳴っていた、大阪市民なら誰もが親しんだシンボルでした。
大阪中之島界隈 難波橋のライオン
中之島に架かる橋に 難波橋 という橋があります。
橋の親柱4ヶ所それぞれに ライオン が、橋の交通や川の水運の
守り神として鎮座しています。それで ライオン橋 とも呼ばれています。
水の都 大阪 と呼ばれた大阪を、今に残す場所です。

ライオン橋のライオン
大阪中之島界隈 中之島図書館
ネオ・バロック様式の、堂々とした外観の 中之島図書館 は
住友家の寄付で1904年に開館し、1922年に左右の両翼を増築して
現在の形になったそうです。
隣の中央公会堂と共に、中之島の景観を醸し出しています。
私も高校生の頃、夏休みに宿題を調べるのに、時々訪ねてました。
その頃は、確か地下に食堂があって、安くて旨いカレーライスが
あったように記憶してますが、今はないようです。

大阪府立中之島図書館
大阪中之島界隈 国立国際美術館
中之島の 土佐堀川 にかかる 筑前橋 を渡った西北に
巨大な鉄のオブジェが見えてきます。ウサギをイメージしてデザインされているそうですが、ここが 国立国際美術館 です。
元は万博公園にありましたが、2004年に この地に移転されました。
この美術館は地下構造で、地上にあるのは巨大なウサギのオブジェです。隣にある建物は、市立科学館 です。

国立国際美術館 と左側の建物は 市立科学館 です。
さて、ウサギに見えますか。
大阪街歩き 新歌舞伎座とオペラ座
大阪ミナミの 新歌舞伎座 は、名前は歌舞伎座ですが
ほとんど歌舞伎は上演していません。
演目は、大衆演劇や歌謡曲歌手のショーや芝居です。
しかし大阪のオバチャンには、大人気で盛況の様子です。
差し詰め大阪の オペラ座 と言っても過言ではないと思いますが
如何でしょうか。

新歌舞伎座

パリ オペラ座
大阪街歩き 通天閣 と エッフェル塔
大阪を代表する観光名所の 通天閣 は、高さ103mの観光展望台です。現在の通天閣は二代目で、1956年(昭和31年)に完成しました。
パリの エッフェル塔 を模したと言われていますが
エッフェル塔の第2展望台(115m)ぐらいの高さですので
高さ的には似ているとは言えませんが
しかし どちらも、街を代表するシンボルであることは、同じだと思います。

大阪ミナミの歓楽街
新世界の中心にそびえる通天閣

パリのエッフェル塔
大阪街歩き JR天王寺駅
大阪南部に位置する、南紀・奈良方面のターミナル JR天王寺駅 です。
地上ホームが行止りの阪和線、橋下ホームが関西線・関西空港線
環状線の2層構造の駅です。
周辺には、天王寺公園や動物園や美術館もあって
雰囲気的には、東京上野駅に似ているように感じます。
また天王寺駅南側にある、近鉄南大阪線、吉野線、長野線のターミナル
あべの橋駅、阪堺電軌上町線の始発駅 天王寺駅前駅や
地下鉄2路線の天王寺駅もあり、大阪南部の副都心となっています。

JR天王寺駅

近鉄 あべの橋駅
大阪街歩き 道頓堀リバーウォーク
道頓堀川に整備された 道頓堀リバーウォーク は
水の都と言われた大阪の新しい水辺の観光スポットです。
もうすぐ戎橋も、新しい橋への架け替え工事が完成します。

戎橋から見た道頓堀とリバーウォーク
大阪街歩き 大阪駅北側
大阪駅の北側にある、梅田貨物駅を望む街並です。
この地域は 再開発が進められ
2011年には、先行開発区域の まちびらき が予定されています。
その頃には、この写真の風景は 様変わりしてると思います。

梅田北ヤード地区
大阪街歩き なんばパークス
大阪ミナミに、2003年10月にopenした なんばパークス は
ミナミの新しい観光スポットとして賑わっています。
建物を段丘状にして屋上庭園を配置した設計は、六本木ヒルズ や
キャナルシティ博多 を手がけたアメリカ人 ジョン・ジャーディ の
手によるものです。
大阪ミナミも随分変わった印象です。この場所は元々は、南海ホークスの本拠地 大阪球場 や、中央競馬の馬券売場 のあったところなんですが。

なんばパークス
大阪街歩き ナンバヒップス オープン
大阪ミナミの 千日前筋 と 御堂筋 の交差点の少し北の御堂筋沿いに
12月13日 ナンバヒップス という商業ビルがオープンします。
ユニークなデザインのこのビルの壁面には、垂直落下の遊戯施設
フリーフォール 「ヤバフォ」 を設えています。とにかく良く目立ちます。
これでミナミには、ドンキホーテの水平観覧車 えびすタワー と共に
大阪らしい、ど派手なスポットが二つ揃いました。
良かったら、一度行ってみませんか。

ナンバヒップス外観
大阪街歩き 扇町公園とキッズプラザ大阪
大阪キタの都心部にある 扇町公園 には
扇町プール や キッズプラザ大阪 があります。
キッズプラザ大阪は、子供の遊び体験を通して学ぶ
ユニークな博物館です。
いつ行っても、子ども達の歓声が聞えてきます。

扇町公園とキッズプラザ大阪
大阪街歩き 湊町リバープレイス
旧国鉄湊町駅のあとに建設された 湊町リバープレイス は
なんばハッチ と呼ばれるスタンディング形式のライブハウスを中核に
FM大阪や、湊町船着場、阪神高速道路の湊町出入口や
駐車場が、複合的 構成された建物です。

湊町リバープレイス を
道頓堀川船着場から見た外観
大阪街歩き 大阪にもあった外国人居留地
1868年に 大阪港が開港した時に、大阪市西区川口に
外国人居留地が設けられました。その当時の建物は残っていませんが
1915年に再建された 川口キリスト教会 に
わずかに面影をしのぶことができます。

川口キリスト教会
(日本聖公会川口基督協会)
大阪街歩き 高速道路がビルを貫通
大阪には、高速道路がビルを貫通しているところがあります。
その中でも、阪神高速道路 池田線 梅田出口にある
ゲートタワービル(通称 ビーハイブ) では、ビルの真中を貫通しています。
こんなことして大丈夫かな と ビックリします。
何故 こんなことになったのかは、はっきりしませんが
とても不思議な景色です。

16階建のビルを貫通している阪神高速道路
京都市の景観をウォッチー1
9月1日 から 京都市 で施行される、景観条例 に対する意見が
様々あるようです。条例の詳細は、京都市のホームページや広報を見て
頂くとして、現在の京都市の景観をウォッチしてみました。
そこから 景観を守る何かが見えてくるように思います。

日本人観光客が憧れる、イタリア フィレンツェ の
ポンテヴェッキオ橋 あたりの アルノ川沿いの街並

京都市 四条大橋 あたりの 鴨川沿いの街並
あなたは、どちらの景観が良いと思いますか。
京都市の景観をウォッチー2 フィレンツェと京都
フィレンツェ と 京都 を対比して、京都の景観をみていますが
今回は フィレンツェ のシンボル ドゥオモ と、京都のシンボル 清水寺 を
望む景観を比べてみました。

ミケランジェロ広場 から ドゥオモ を望む フィレンツェ の街です。
フィレンツェは、アルノ川沿いに開けた街ですが
京都の鴨川沿いの街並と、雰囲気が似てると私は思っています。

京都タワーから東山を望む、京都の景観です。
写真の右上の山の中腹に、京都のドゥオモと言うべき清水寺が見えます。しかし上の写真で見えるように京都市では、随分新しい高層ビルが多い
のがわかります。そこで、市内の歴史的な市街地を守って行こうと
制定したのが、京都市の景観条例です。
上の写真で言えば、写真中央の鴨川のライン(堤と並木が横切っている線)から、東山の山並みまでの間を美観地区に指定して
景観を守ろうとしています。
京都市の景観をウォッチー3 フィレンツェと京都
街の景観で 路地 というのは何となく雰囲気があります。
今回は、フィレンツェの路地 と 京都の路地 を比べてみました。

フィレンツェ の市街地の路地

京都 先斗町 の路地
京都市の景観をウォッチー4 フィレンツェと京都
今回は、フィレンツェの街角 と 京都の街角 を比べてみました。
街角は、そこに住む人にとっても旅人にとっても、印象に残る場所です。

フィレンツェの街角

京都 四条大橋の街角にある南座あたりです。
京都市の景観をウォッチー5
京都タワーから見た京都の市街地を、26年前と現在を比べてみました。

昭和56年、京都タワーから北の方向の京都市街地です。

平成19年5月、京都タワーに登り
26年前と同じ方向の京都市街地をみました。
あまり変わっていないように思っていた京都も、結構ビルが増えているのがわかります。さてこの京都の景観をどのようにすれば守っていけるのか
仲々むずかしいなぁ・・・が実感です。
京都市の景観をウォッチー6 京都駅 今昔
京都の景観をウォッチしていて欠かせない建物が 京都駅 だと思います。
現在の京都駅は4代目で、平成9年に建築家 原広司氏 の設計で
完成した、とてもモダンで斬新なデザインの建物です。
しかし この斬新なデザインが、京都の景観にとってどうなのかは
意見のわかれるところです。
そこで、現在の京都駅の前の 3代目京都駅(戦後に再建された) と
さらに その前の 2代目京都駅(大正4年完成) の写真も
合わせて掲載してみました。
さて、京都の景観に相応しい京都駅は、どれだと思われますか。

2代目京都駅

3代目京都駅

4代目京都駅
ローカル私鉄の小さな旅 阪堺電気軌道ー1

阪堺電気軌道 の 阪堺線 の始発駅、恵美須町駅 です。
ホームには、モ501形 モ504 の車両が停まっています。
元々は 大阪市電 の車両でした。
ローカル私鉄の小さな旅 阪堺電気軌道ー2
阪堺電車 阪堺線 は、恵美須町 をでるとすぐに 大阪環状線の下をくぐり、新今宮駅 と接続している 南霞町 に着きます。
それから 豊臣秀吉 が茶会をおこなったことで知られる
天下茶屋 あたりを南下します。

南霞町駅です。

天下茶屋あたりの専用軌道です。
ローカル私鉄の小さな旅 阪堺電気軌道ー3


写真は 住吉鳥居前 です。
海の神 住吉三神 を奉る、全国住吉神社 の総本社になる神社です。
初詣の参拝者は西日本一で、大変にぎわっています。
ローカル私鉄の小さな旅 阪堺電気軌道ー4

上町線 から 住吉公園 へ行く電車


住吉公園駅 に入線した 旧大阪市電車両
戦前の車両です。
阪堺電車 には
阪堺線(恵美須町ー浜寺駅前) と 上町線(天王寺駅前ー住吉公園)
があります。
上の写真は、その両方の線が交差する 住吉駅 で撮ったものです。
今は、路面電車が交差するところは、全国的にも珍しくなりました。
そして下の写真は、上町線の終着駅 住吉公園駅 で撮りました。
ローカル私鉄の小さな旅 阪堺電気軌道ー5
阪堺電車 阪堺線 の終点 浜寺駅前 に着きました。

浜寺公園 海岸通り の道路の端を間借りしたような
浜寺駅前駅 です。

浜寺駅前駅 と道路を隔てたところにある 浜寺公園 です。
昔は、この公園の直ぐ前が海で、海水浴場でしたが
今は水路の向こうは、石油コンビナートになってしまいました。

浜寺公園 です。
写真の奥には、もう海はありません。
ローカル私鉄の小さな旅 阪堺電気軌道ー6

南海電鉄の浜寺公園駅


阪堺電車の運転席
阪堺電車 浜寺駅前 の前の道を直ぐ行くと
南海電鉄 の 浜寺公園駅 にあたります。(上の写真)
この駅は、東京駅 や 大阪市立公会堂 の設計で知られる
辰野金吾氏 が 片岡安氏 と大阪で設立した設計事務所が
明治40年(1970年)に設計した建物で、有形文化財に登録されています。
それでは 浜寺 を後に、帰りは上町線を経由して天王寺駅前に向います。
ローカル私鉄の小さな旅 阪堺電気軌道ー7
阪堺電車は、堺市内の大道筋を北へ向います。
堺市では この阪堺電車と接続して、南海堺駅から南海堺東駅を結ぶ
ライトレールの計画が進んでいます。


堺市内は 専用軌道 になっています。
ローカル私鉄の小さな旅 阪堺電気軌道ー8
阪堺電車は、大和川を渡ると直ぐの我孫子に車庫があります。


我孫子付近の専用軌道です。

阪堺電車の車内です。
ローカル私鉄の小さな旅 阪堺電気軌道ー9
浜寺駅前 から乗ってきた電車を 住吉駅 で降りました。
上町線の始発駅 住吉公園駅 までは、歩いても2分程ですので
歩いて 住吉公園駅 に行きました。


住吉公園駅から天王寺を見た写真です。

住吉公園駅 に停車中の天王寺駅前行の電車です。
この電車は モ161形 で、1928年と1931年に製造された
阪堺電車 最古参の車両です。
この電車に乗って、今度は 上町線 を天王寺駅前に向います。
ローカル私鉄の小さな旅 阪堺電気軌道ー10
天王寺駅前駅に到着しました。

現在の天王寺駅前です。


20年程前の天王寺駅前駅です。
現在とは、駅を囲う壁がないので少し違った雰囲気です。
阪堺電車の天王寺駅前駅は、あべの筋の真中にあります。
現在は安全のためか、道路側とホームは壁で遮断されています。
ローカル私鉄の小さな旅 阪堺電気軌道ー11
阪堺電車 上町線 の終点 天王寺駅前は、大阪南の一大ターミナルに
なっています。
JR 関西線・阪和線・関西空港線・環状線、近鉄 南大阪線・吉野線
長野線、地下鉄線 が終結しています。
直ぐ横には 天王寺公園があり、公園の中には 動物園や美術館も
あります。また 通天閣や新世界も近いです。
雰囲気が、東京の上野界隈にも似ています。
さてこれで、阪堺電気軌道の小さな旅は お仕舞です。
次回は 水間鉄道 を予定しています。また お楽しみにしてください。
隣の近鉄デパートやJR天王寺駅と陸橋でつながった
阪堺天王寺駅前駅


JR天王寺駅につながる陸橋

陸橋から見た 天王寺公園 と 通天閣
下を走るのがJR環状線と関西線です。
ローカル私鉄の小さな旅 くりはら田園鉄道ー1
くりはら田園鉄道は、宮城県北部 JR東北本線石越 から
細倉マインパーク までの 25.7k を走るローカル私鉄です。
大正7年(1918年)創業の歴史のある鉄道ですが、2007年4月1日
廃線になります。そこで廃線になる前にと、2006年9月に
くりはら田園鉄道に乗りに行ってきました。


雨の仙台駅前
9月のこの日、仙台地方は 大雨でした。仙台から南の 常磐線、東北線 が一部不通になっていました。そのため 私の乗る予定の 東北本線一関行 普通列車 も 小牛田 止まりで 「小牛田からは接続列車があります」 との
車掌さんの話でしたが、とにかくこの列車に乗りました。
ローカル私鉄の小さな旅 くりはら田園鉄道ー2

小牛田駅
仙台から乗ってきて、小牛田駅で折返しになってしまった電車。
すでに仙台行の表示に変っています。

小牛田駅の待機線
ローカル私鉄の小さな旅 くりはら田園鉄道ー3

列車の遅れを表示する案内板

ようやく 小牛田折返し 一関行 の電車が入線してきました。
良かったです。
ローカル私鉄の小さな旅 くりはら田園鉄道ー4

くりはら田園鉄道 の 石越駅

くりはら田園鉄道 の 石越駅内部

くりはら田園鉄道 石越駅ホーム
JR東北本線 石越駅 のすぐ前に、くりはら田園鉄道 の始発駅 石越駅 があります。
しかし JRが雨で遅れたために、くりはら田園鉄道 の列車は もう発車してしまってました。
「待っててくれたら良いのに」
次の列車まで2時間も時間があります。
「どうしよう・・・」
結局、上の写真に写っている 中央タクシー に 沢辺駅 まで行ってもらいました。
ローカル私鉄の小さな旅 くりはら田園鉄道ー5


沢辺駅です。
タクシーで沢辺駅に着くと、単線のため 上りと下りの すれ違いがあり
細倉マインパーク行 が待機していましたので、待望の くりはら田園鉄道に乗ることが
できました。写真は、沢辺駅と すれ違いで石越へ行く列車です。
ローカル私鉄の小さな旅 くりはら田園鉄道ー6

列車の運転席を撮りました。

細倉マインパークに着きました。

細倉マインパーク前駅です。
終点の細倉マインパーク前駅に到着です。
ローカル私鉄の小さな旅 くりはら田園鉄道ー7

細倉マインパーク入口の建物です。


細倉マインパーク前駅から、帰路方向へ見た写真です。
ローカル私鉄の小さな旅 くりはら田園鉄道ー8



列車の車内です。
さあ、帰路につきました。
ローカル私鉄の小さな旅 くりはら田園鉄道ー9

再び 沢辺駅 に到着しました。

沢辺駅 です。

東北新幹線 くりこま高原駅 です。
雨の栗駒でしたが、1両編成の あずき色の気動車が、カーブのところで ビィービィー と
汽笛を鳴らし、とっても雰囲気のある列車でした。途中から乗ってこられた
お祖父ちゃん、お祖母ちゃん の ズゥーズゥー弁と1両の気動車がピッタリはまって、
気持ちの良い小さな旅でした。しかし 今年4月1日で、こんな鉄道をなくしてしまって
良いのかなぁ・・・と、淋しい気持にもなりました。
サヨナラ、くりはら田園鉄道さん。
ローカル私鉄の小さな旅 三岐鉄道 北勢線ー1
三岐鉄道 北勢線 は、2003年(平成15年)4月より、近鉄から三岐鉄道に経営が継承された路線です。この線は、日本でも数少ない 762mm軌道 の鉄道です。
それでは、この ナロゲージ電車 に乗って小さな旅をスタートします。

JR桑名駅の横にある、三岐鉄道 西桑名駅です。

7134形 と呼ばれる電車です。
ローカル私鉄の小さな旅 三岐鉄道 北勢線ー2

三岐鉄道 の先頭車の車内です。
やっぱり 762mm の車内は コンパクトですね。
ローカル私鉄の小さな旅 三岐鉄道 北勢線ー3 蓮花寺駅


上の写真は 蓮花寺駅 です。この日は、電車が終点の 阿下喜 まで行かないで
東員駅 折返しでしたので、蓮花寺駅 で下車して帰りました。
ローカル私鉄の小さな旅 三岐鉄道 北勢線ー4

帰りの電車が、蓮花寺駅 に入線してきました。

帰りの電車の車内です。
ローカル私鉄の小さな旅 三岐鉄道 北勢線ー5


さて、西桑名駅に戻ってきました。今回は 途中下車で阿下喜まで行けませんでした。
この鉄道は、北勢鉄道→三重交通→三重電鉄→近鉄→三岐鉄道 と経営と会社名が
変換してますが、いつまでも走っていて欲しいナロゲージです。
次は 阿下喜まで行ってみたいです。
ローカル私鉄の小さな旅 紀州鉄道 2.7km の旅ー1
和歌山県 御坊市の紀州鉄道は、わずか 2.7km の ローカル私鉄です。
単独区画運転の鉄道としては、日本で一番短い鉄道です。

JR御坊駅 0番線、ここが小さな旅の始まりです。


通常 運転している レールバス です。
ローカル私鉄の小さな旅 紀州鉄道 2.7km の旅ー2
紀州鉄道 レールバスの車内です。(キテツ1型)

運転席の窓越しに 予備車両のキリ604が見えます。

レールバスは、御坊市の街並の路地裏を単線で走ります。
ローカル私鉄の小さな旅 紀州鉄道 2.7km の旅ー3
現在の終着駅、西御坊に到着しました。わずか8分の旅でした。

西御坊駅に到着したレールバス

以前は、西御坊駅からさらに 0.7km 日高川まで運行されていましたが、今はその区画は
廃線となってしまいました。写真は その廃線になった方向に残るレールです。
ローカル私鉄の小さな旅 和歌山電鉄貴志川線①
NHKの ご近所の底力 で取上げられ話題になった
現和歌山電鉄 貴志川線(元南海電鉄)を訪ねてみました。

JR和歌山駅9番線ホームから、貴志川線の小さな旅が始まります。

貴志川線の電車が入線してきました。
ローカル私鉄の小さな旅 和歌山電鉄貴志川線②
中間の駅の伊太祁曽(いだきそ)駅は、元々この鉄道の発生の地だそうで唯一の車庫がありました。

伊太祁曽駅の引込線にあった車庫です。


伊太祁曽駅から貴志方向へ続く線路
ローカル私鉄の小さな旅 和歌山電鉄貴志川線③
貴志川線 終点の貴志駅に到着です。

貴志駅に入線の電車です。

貴志駅に停車していた 保線用のディーゼル機関車
ローカル私鉄の小さな旅 和歌山電鉄貴志川線-4

貴志駅舎 と 駅前です。

歴史を感じる貴志駅の改札です。でも、現在は 無人です。
貴志駅は 無人駅でした。和歌山電鉄貴志川線 14.3 km の小さな旅は
時間 の ゆっくり流れる、気持ち の やすまる旅でした。
ローカル私鉄の小さな旅 和歌山電鉄貴志川線-5
貴志川線 電車の車内です。

電車扉附近の写真ですが、路線図 と 貴志川線からの案内 が提示されていましたが
広告がありませんでした。

走行中の電車の窓と、沿線の景色の 光と影 が美しかったです。
ローカル私鉄の小さな旅 豊橋鉄道 渥美線ー1
豊橋市から渥美半島の田原市までを結ぶ 18.0km の小さな旅です。



豊橋鉄道の新豊橋駅(上の写真)は、JR豊橋に添うようにあります。
単線片面ホームの駅(中の写真)です。電車は、元東急電鉄7200系を1800系と改称しています。
3両連結貫通型の電車です。(下の写真)
ローカル私鉄の小さな旅 豊橋鉄道 渥美線ー2
終点の三河田原駅に着きました。約30分ちょっとの旅です。
豊橋市への通勤路線 と 田原市への観光路線 の両面を感じる鉄道です。

終点の三河田原駅 駅舎です。

三河田原駅の構内です。
ローカル私鉄の小さな旅 豊橋鉄道 渥美線ー3
田原市の名所を散策してみました。

田原城 惣門跡

田原城 桜の門

二の丸 櫓(やぐら)
明治まで三宅氏の居城で、三宅康直の家老 渡辺崋山 は、江戸後期の蘭学者画家として
知られています。
ローカル私鉄の小さな旅 豊橋鉄道 渥美線ー4
田原市の散策も終り、三河田原駅に戻りました。

三河田原駅のホームから、豊橋方向を撮ったものです。

入線した、新豊橋行の電車です。
私のコレクション QSLカード①北海道編
私のコレクションの一つが、QSLカード(受信報告カード)を集めることです。
今回 ご紹介するのは、民間ラジオ放送が発行しているQSLカードです。
随分 昔に集めたものですが、北海道 から 沖縄まで QSLカードで日本一週旅行に ご案内します。
第一回は、北海道の HBC北海道放送 と STV札幌ラジオ放送 のカードです。
北海道の絵が とっても素敵です。
私のコレクション QSLカード②東北編-1
さて今回は 東北地方です。
上が YBC 山形放送、下が RFC ラジオ福島 のカードです。
花笠踊り(山形) 赤ベコ(福島) と それぞれにお国の雰囲気がでてますね。
私のコレクション QSLカード③東北編-2

次いで 東北地方 を巡ります。
上段 左 と 下段 が 仙台の東北放送のQSLカードです。
上段 右 が 秋田放送のQSLカードです。
秋田おばこ と 仙台の面 がデザインされてます。
私のコレクション QSLカード④関東編
白河の関 を越えて 関東に入りました。
上段が 栃木放送、下段左が ラジオ関東、右が 茨城放送 のQSLカードです。
それぞれの お国を 1枚のカードに よく現わされていると思います。
私のコレクション QSLカード⑤東京編

いよいよ花の東京です。
上が TBS東京放送、下が QR文化放送 のQSLカードです。
QSLカードにも、やはり都会的な感じがでていると思いました。
私のコレクション QSLカード⑥関東 甲州編

関東は甲州です。
左が 山梨放送、右が 日本短波放送 の QSLカードです。
私のコレクション QSLカード⑦中部編-1

今回は 裏日本へ入りました。
上が BSN新潟放送、下が 富山の北日本放送 のQSLカードです。
私のコレクション QSLカード⑧中部編-2

今回は 信州と北陸を巡ります。
上段左が 長野放送、右がMRO 北陸放送、下段が 福井放送 のカードです。
それぞれに 御柱祭(長野)、能楽(金沢)、蟹(福井) と郷土色豊かです。
私のコレクション QSLカード⑨中部東海編

今回は 東海地方に入りました。
上段左が ラジオ岐阜(鵜飼) 右が 静岡放送
下段が 東海ラジオ(金鯱) の QSLカードです。
私のコレクション QSLカード⑩近畿大阪編-1

さて 近畿です。
上段 左は MBS毎日放送 (文楽人形) 右は ラジオ大阪 (文楽)
下段は 毎日放送の前身の 新日本放送 が、昭和26年9月1日の
ラジオ放送開始の時のポスターを絵柄にした、QSLカードです。
大阪は、やっぱり 文楽なんですね。
私のコレクション QSLカード⑪近畿大阪編-2

今回も近畿の続きです。
上段 左 が WBC和歌山放送、右は MBS毎日放送
下段は FM大阪 の QSLカードです。
私のコレクション QSLカード⑫中国地方編ー1

中国地方 に入りました。
上が BSS山陰放送、下が 岡山の 山陽放送 です。
QSLカードも、陰 と 陽 をあらわしているように見えませんか。
私のコレクション QSLカード⑬中国地方編ー2
広島です。
上の絵は、木原茂明画伯 が描かれた RCC放送会館。
下の絵は、安宅義規画伯 が描かれた 原爆ドームを望む平和公園 です。
ともに RCC中国放送 のQSLカードです。
私のコレクション QSLカード⑭中国地方編ー3

広島 から 山口 に入りました。
QSLカードは、ともに KRY山口放送 のものです。
上が ふぐ、下が 錦帯橋 と いかにも 山口 らしいカードです。
私のコレクション QSLカード⑮四国編ー1
四国に渡りました。
初めは、徳島 四国放送 のQSLカードです。
やっぱり 徳島といえば、阿波の浄瑠璃人形 ですね。
私のコレクション QSLカード⑯四国編ー2
徳島 から 香川県高松 の RNC西日本放送 の QSLカードです。
こちらは 桃太郎 と 浦島太郎 の発祥の地ということで、その絵柄のカードです。
私のコレクション QSLカード⑰四国編ー3

四国 最後は、愛媛 の 南海放送 と 高知 の RKC高知放送 の QSLカードです。
愛媛は、姫だるま と みかん です。
私のコレクション QSLカード⑱九州・沖縄編ー1

QSLカードで巡る 日本一周旅行 も、北海道 から始まって いよいよ 九州・沖縄 です。
その一番手は、九州の玄関 福岡 です。
左は 九州朝日放送 、右は RKB毎日放送 のQSLカードです。
どちらも 博多人形 です。
私のコレクション QSLカード⑲九州・沖縄編ー2

九州 は、熊本・大分・宮崎 に入りました。
上段 左は、MRT宮崎放送 の 岩戸神楽 右は、熊本放送 の 阿蘇の馬
下段 は、OBS大分放送 で 九州横断道路の写真
と、それぞれの地方の特色が表現されています。
私のコレクション QSLカード⑳九州・沖縄編ー3

さて、QSLカードの旅もいよいよ最終回です。
上段は、NBC長崎放送 の ペーロン競争
下段左は、言わずと知れた 南日本放送 の 桜島
下段右は、沖縄は RBC琉球放送 の 沖縄の青い海 のイラストです。
水彩画-1 ロンドンの教会前の花屋さん

ロンドン チェルシー で見かけた教会の前で、店を開いていた花屋さんをスケッチしました。
水彩画-2 京都の風景 八坂の塔

京都 東山のシンボルとして観光ガイドブックや写真によく使われる五重の塔で
私は、東大路通りから八坂道の坂道を登りながら、どの辺から絵に描こうかと行ったりきたりして
この辺にしようと決めて描きました。正式名称は、法観寺といって飛鳥時代に聖徳太子が
創建したそうですが、このあたりは ほんとうに京都らしい街並でいつまでも残して欲しいですね。
水彩画-3 曇り空のフィレンツェ

ミケランジェロ広場 から見た フィレンツェ の美しい街です。
曇り空でしたが、それもまた雰囲気があって良かったです。
水彩画-4 住吉大社 太鼓橋

大阪 の 住吉大社 の参道のお堀にかかる 太鼓橋(反橋とも言います)を描きました。
大阪では お正月、住吉さんの太鼓橋を渡って初詣をした記憶のある人が多いと思います。
ちなみに この太鼓橋は、 かの 淀君 が寄進したそうです。
水彩画-5 水掛不動 と 法善寺横丁

大阪ミナミの名所 水掛不動(法善寺) と 法善寺界隈を描きました。
織田作之助の 「夫婦善哉」 や 藤島桓夫の 「月の法善寺横丁」 などで知られた
昔の浪花を感じられる界隈です。しかし この絵を描いた後、道頓堀中座の火災で
法善寺横丁も類焼してしまいました。今は 昔の風情を残した街並で復興しています。
大阪にこられたら 是非 法善寺横丁へ行って、不動明王さんに水を掛けて願を掛けてください。
水彩画-6 淀の競馬場

京都 淀 の競馬場です。
中央競馬 も クラシック が始まりましたが
私は 競馬 が好きで、子供が小さい頃は 良く連れていったものです。
淀の競馬場 は 広々として気持ちのよいところです。
水彩画-7 八幡屋公園と中央体育館

大阪港区の八幡屋公園です。昔は、国際見本市会場がありました。
現在は、屋根の部分を丘のように緑化した、中央体育館と大阪プールができています。
水彩画-8 御堂筋 十合 大丸 界隈

御堂筋の心斎橋に並んで建つ、十合と大丸のデパートを描きました。
しかし この絵の十合は、日本を代表する建築家 村野藤吾氏 の設計の名建築でしたが
建てかえられて、今は新しい そごう に変わっています。
水彩画-9 花博記念公園の風車

花博記念公園 (鶴見緑地)の お花畑の丘にたつ風車を描きました。
お花畑には コスモスがいっぱい咲いていて
ここが大阪とは 思えないようでした。
水彩画-10 英国の風景 テムズ河 と ビッグベン

ロンドンは、テムズ河 から見た ビッグベン(国会議事堂) を描きました。
エンバンクメント・ピア からの テムズ河クルーズ船 に乗ったときに見た
ロンドンらしい景色です。
水彩画-11 雪の小樽運河

雪の小樽運河です。倉庫の屋根に積った雪が軒先のところでツララになっていたのが
印象的でした。今年の小樽運河は、もうこんな感じでしょうか。地元の方の情報や
小樽を旅行された方の小樽運河の感想などあれば聞かせてくれませんか。
水彩画-12 12月の紅葉 京都清水寺

この秋、紅葉の清水寺を描きました。
しかし この秋といっても、12月3日に描いたものです。
今年は あまり寒暖の差がなかったせいか、紅葉も例年程
鮮やかでは ありませんでした。それとも、温暖化の影響でしょうか。
やはり秋は、鮮やかな紅葉が見たいものです。
水彩画-13 桜ノ宮 公会堂玄関

大阪は 桜ノ宮 の造幣局の前の泉布観の横に建っている
桜ノ宮 公会堂玄関 を描きました。今は、ユースアートギャラリー として使われていますが
元々は、明治4年創業当時の造幣局の正面玄関だったものを移築したそうです。
ギリシア建築のドリス様式の柱が印象的な、大阪では 珍しい建物です。
水彩画-14 土佐堀川 から見た 中之島公園

土佐堀川 から見た 中之島公園 を描きました。大阪中央公会堂 や 大阪市役所 など
重厚な建物が並び、ちょっと パリ セーヌ川 の シテ島 に似た雰囲気があると思いませんか。川面を走る遊覧船も、パリ の バトー・ムッシュ とはいきませんが
スマートなデザインの船が周航しています。
水彩画-15 スペインの風景 皇帝の丘から見た トレド

スペイン の トレド の街を、タホ川 の対岸の展望台から描きました。
エル・グレゴ ならずとも、これだけ美しい風景を見ますと
誰でも描いてみたくなるのではないかなぁ・・・と思う程の景色です。
私の絵の右手の高い建物が アルカサル で、左手の塔が カテドラル です。
時間が とまっているような街でした。
水彩画-16 扇町公園

大阪市北区にある 扇町公園 を描きました。
昔 ここには、扇町プール という 公認のプールがありましたが
今は 新しいプールに替わっています。この絵に描いている建物は
キッズプラザ大阪 というビルで、この中に関西テレビ局があります。
水彩画-17 道頓堀界隈

一番 大阪らしい通り、道頓堀を描きました。安井道頓 という人が造った堀(運河)を道頓堀と
言うようになったのが名前のいわれだそうですが、この通りには くいだおれの人形や
かに道楽のかにの大看板などがあり、派手なイルミネーションの並ぶ コテコテの大阪です。
水彩画-18 奈良の風景 薬師寺

奈良の薬師寺です。私が小学生の頃 見に行った時は 東塔だけでしたが、西塔も再興されて
今の姿になりました。いつ 行っても、美しい お寺だと見入ってしまいます。それから薬師寺は
法相宗 という宗派の総本山で、その法相宗の始祖が 西遊記 で知られる 三蔵法師さん だそうです。色々と 不思議な つながりがあるんだなぁ と感心してしまいました。
水彩画-19 英国の風景 ロンドンの街角

ロンドンのソーホー(SOHO)の街角を ミュージカル レ・ミゼラブル をしていた
パレス劇場を探して歩いて行きました。ちょうど、そのあたりの チャリング クロスロード の
街角が素敵でしたので スケッチしました。
水彩画-20 道頓堀川

世界の大都市には、それぞれ その都市をイメージできる代表的な場所があります。
パリなら エッフェル塔 や 凱旋門、ニューヨークなら 自由の女神 と マンハッタン
ロンドンなら テムズ河 と ビッグベン、そして我が大阪は この絵の 道頓堀川 と グリコの看板
ではないでしょうか。そう勝手に決めて 大阪百景として道頓堀川を描きました。
この絵を描いた以降、道頓堀川の河岸改修や戎橋が新しく変わるとか
大阪らしい このあたりの風景が少しづつ変化しそうですが。
水彩画-21 スペインの風景 トレドの路地
スペインの古都 トレド の古い街並を移動中(ツアーでしたので)に
この路地は 絵になる(チョットカッコつけてますかね。)とツアーの列から遅れて
スケッチブック に スケッチして 写真も撮って、日本に帰ってから仕上ました。
もう一度 歩いてみたい トレドの路地 でした。
水彩画-22 大山崎山荘美術館
京都府 大山崎町の山麗に建つ 大山崎山荘美術館は、元々は大正から昭和にかけて
実業家の山荘として建てられたそうですが、その後 山荘と周辺の景観を保全するために
アサヒビールの当時の社長 樋口廣太郎氏が 買い上げて、1996年から美術館として再生したそうです。おかげで、イギリス風の建物とまわりの樹木、特に紅葉がマッチして とても素敵です。
私が 絵を描いてる時にも、まわりには 私のような日曜画家が 10人はいらっしゃたように思います。
水彩画-23 新世界と通天閣

言わずと知れた 大阪のシンボル 通天閣を描きました。
明治時代の博覧会跡地開発として、できた新世界のシンボルとして建設されたのが
通天閣で、今の通天閣は 1956年(昭和31年)に建てられた二代目です。
初代の通天閣ができた当時は、通天閣の北半分がパリの街並、南半分がニューヨークの街並という
何とも大阪らしい発想の、まさに新世界だったそうですが、現在のこのあたりは
食い物屋さん、洋服の叩き売り屋さんなど、古き良き大阪らしい雰囲気を残しています。
水彩画-24 パリの風景 テルトル広場

パリ モンマルトルにある テルトル広場を描きました。
いつも 無名画家が絵画を並べたり、似顔絵を描いたりしているパリらしいところです。
将来のユトリロやロートレックが この中にいたのかもしれません。
水彩画-25 パリの風景 サンマルタン運河と北ホテル

この絵は、私が23年も前になりますが、パリに一人で行った時に描いたものです。
映画「北ホテル」で知り、是非パリに行ったら見に行きたいと思っていました。
しかし、地下鉄「レピュブリック広場」駅からが大変でした。
途中でパン屋のおばちゃん(もちろんパリのおばちゃんですが)に
「HOTELDU.NORD」と言ったんですが、発音が悪く全然通じませんでした。
しかし親切な方で、私の地図を見て北ホテルまで案内してくれました。
そのおかげで、この絵を描くことができました。
水彩画-26 北新地のバー

大阪は北新地の古い建物の2階にあったバー「トモ」を描いた絵です。このバーへ上る階段を登る時、どういう訳か映画 「女が階段を上る時」 を思い出しました。残念ながらこの絵の店は今はありません。今は新地本通りのエレベーターで上るビルの3階に引越しました。しかしこの絵はそこのマスター(トモ)が店にまだ飾ってくれています。もし この絵をご覧になりたい方は(笑)北新地のトモへ行ってあげてください。
水彩画-27 イタリアの風景/ポンテベッキオ橋

イタリアはフィレンツェのアルノ川にかかる有名なポンテベッキオ橋です。絵を描いてる時にイタリアの子供が寄ってきて「何を描いてるの?」とたずねられた(イタリア語はわかりませんので想像ですが)のが懐かしい思い出です。
水彩画-28 尻無川から見た大阪ドーム

三軒家の尻無川から見た大阪ドームです。仲々、水都大阪らしいと自我自賛の絵です。この構図に決まるまで尻無川をあっちへ行ったり こっちへ行ったりしました。
水彩画-29 思い出の北浜界隈

この絵は、北浜の旧証券取引所を描いたものです。すでに取り壊されて新しいビルになっています。ただ正面だけは残されています。このように古い外観(ファザード)部分だけ残すやり方は、英国ロンドンではよくやられている方法です。
鉛筆画-1 大山崎 風の家 (聴竹居)

京都 大山崎 の 山麓に建つ、聴竹居 を鉛筆スケッチしました。
この家は、建築家 藤井厚二氏 が設計して昭和3年に完成した住宅です。
樹木の中に すっかりとけ込んでいる家の壁を、秋のやわらかい陽光が輝らしている
風景が美しいので、思わず描いてしまいました。
鉛筆画-2 天神橋 から見た 中之島界隈

天神橋 の橋の上から 中之島 を鉛筆スケッチで描きました。
中之島 は 大阪で最も絵になる ところだと思います。
モリッち0607さん出展 沖縄のにんじん

森田 勇さん(モリッち0607さん)の作品です。
森田 勇さんは、私のミクシィのマイミク さんです。
いつもコメントをくれる優しい方です。
浜側さん出展 愛犬とご主人

私の描いた絵ではありませんが、浜側さんからの出展です。
ご感想があれば、お気軽にお寄せください。ご本人にお伝えします。

浜側さん
おまけ バハマ で買った おみやげの絵

随分前に、カリブ海のバハマに行く機会がありました。その国の首都 ナッソーの街角で
おみやげの絵が売っていました。何気なく 旅の思い出に買いました。
この絵を見ると、ナッソーの真っ青な海と白いカモメを思いだします。もう一度行ってみたい所です。
国内の懐かしい鉄道ー1 南海こうや号

上の写真は、南海難波駅で撮った 前の こうや号 です。
下の写真は、その こうや号 の先頭車両の車内の写真です。
国内の懐かしい鉄道ー2 天王寺駅に入線の湘南型電車

大阪は、南のターミナル 天王寺駅 に入線の 湘南型電車 です。
この当時はまだ、JRは 日本国有鉄道 でしたから
関東のお古が、関西にも配置転換されていました。
今では、めずらしい写真だと思います。
国内の懐かしい鉄道ー3 名鉄 と 小田急 の展望車両
撮影は 木村氏
上の2題は、日本を代表する私鉄車両です。
イタリアのセッテベッロ特急 にヒントを得てつくられたそうですが
イタリアのセッテベッロを含めて第一線から引退してますが、日本の名車両だと思います。
私もこの電車に 乗りたくて乗りたくて、しかしそれが実現できたのは
自分の子供が5才になった時でした。
国内の懐かしい鉄道ー4 京阪京津線三条駅
今はない、京阪京津線三条駅 で1985年(昭和60年)に撮った、
京津線の 急行車両(上の写真) と 普通車両(下の写真) です。
普通車両は、デザインが何となくヨーロッパ的で、私の好きな電車でした。
現在 京阪京津線は、地下鉄東西線に乗り入れて地下化してしまいましたので、
京都の街を走る 路面電車 の風情は なくなってしまいました。
国内の懐かしい鉄道ー5 南海電車 と 近鉄電車
撮影 木村氏
上の写真は、南海電車 11000形 ズームカー と呼ばれていました主力電車です。
下の写真は、近鉄 の 橿原神宮ー京都間 の特急です。
撮影は 昭和57年頃だったと思います。
オールディーズ 戦後昭和の時代-1 美空ひばりの歌が聞こえる①
私は 昭和23年生まれですが、その頃 彗星のように登場したのが 美空ひばりさんでした。
上の写真の 悲しき口笛 や 下の写真の りんご追分 は、この時代を生きた沢山の人の
心に残っていると思います。私も 母親と隣の奥さん(下の写真の女性)に抱かれて、当時 道頓堀に
あった大劇に、ひばりさんを見に行ったそうです。そのせいか、ひばりさんは 何となく身近に感じる存在でした。

この写真の場所は、現在の此花公園あたりだと思います。
ここに 防空壕 があり、遊び場にしていたと記憶があります。
オールディーズ 戦後昭和の時代-2 美空ひばりの歌が聞こえる②
美空ひばりさんが、一番輝いていた時代のポスターです。
伊豆の踊り子は、いろいろな女優さんが演じていますが
私にとっては、ひばりさんの 伊豆の踊り子が 最も印象に残っています。
オールディーズ 戦後昭和の時代-3 長島茂雄の天覧試合


上段は、昭和34年6月25日 の 巨人阪神戦(後楽園ですので)に 両陛下 ご臨席の中
9回裏、長島選手が村山投手 から サヨナラホームラン を打った試合を報じるスポーツ新聞です。
下段は、その長島さんが 昭和49年10月14日、中日とのダブルヘッダー最終戦で引退した試合を
報じる日刊紙です。野球を通して 敵も味方もなく、戦後昭和に明るいインパクトを残した
ヒーロー の最後の試合でした。野球が最も輝いていた気がします。
オールディーズ 戦後昭和の時代-4 街頭テレビのヒーロー 力道山

テレビ放送が始まった 1953年(昭和28年)当時、ほとんどの家にはテレビはありませんでした。
しかし、そんな時代のテレビの超人気番組は プロレスで、そのヒーローが 力道山 でした。
空手チョップで外人レスラーを バッタ バッタ と倒してフォールする姿は、子供には とっても
カッコ良く、大人達は 外人を倒す力道山を通じて、戦争に負けた ウップン を晴らしていたようにも
思います。しかし そんなテレビを見ていた場所は、私と父の場合は 阪神尼崎駅前の公園
(今は 中央公園と呼んでいるようですが)の街頭テレビでした。でも プロレスが終わると
訳のわからない高揚した気分になって、とっても 嬉しかったのを覚えています。
オールディーズ 戦後昭和の時代-5 昭和48年のテレビ番組表
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上の新聞は、昭和48年(1973年)6月4日(月曜日)のテレビ・ラジオ番組表です。
テレビでは、キックボクシング・水戸黄門・プレイガール・夜のヒットスタジオ・11PM
ラジオでは、ヤングタウン・ヤングリクエスト・オールナイトニッポン・走れ歌謡曲 等々
戦後昭和の楽しかった思い出がよみがえるようです。
オールディーズ 戦後昭和の時代-6 巨人、大鵬、たまご焼き の大鵬
子供の好きなものを例えて 巨人、大鵬、たまご焼き と言われた時代の相撲界のヒーロー
横綱 大鵬さん。大鵬さんの記録で、32回優勝は今だに破られていません。私も ご多分にもれず
大の大鵬ファンでした。大鵬さんが大関になって、横綱 朝潮さん(先代)と対戦して立合いが合わず
あっさり負けたのが、今でも不思議によく覚えています。大鵬さんも子供に夢を抱かせるヒーローでした。
建築巡りの旅日記-1 代官山ヒルサイドテラス

建築家 槇文彦氏 の代表作 代官山ヒルサイドテラス です。
東京は渋谷区の代官山に建つ、集合住宅と商業施設の複合建築です。
この街区全体として、1967年から30年にわたり民間開発された
日本では めずらしいプロジェクトです。
私は若い頃、1号棟のデザインに憧れたものでした。
建築巡りの旅日記-2 フェデラル・ホール ナショナル メモリアル(国定記念館)


ニューヨーク は、フェデラル・ホール ナショナル メモリアル の建物です。
正面に、アメリカ初代大統領ワシントン の像が立っています。
この建物は、1842年に税関として建てられたものだそうで、
ニューヨーク ウォール街 のランドマークになっている建物です。
建築巡りの旅日記-3 ニューヨーク ピア17パビリオン

ニューヨーク の サウス・ストリート 、シーポート の17番埠頭にある
ショッピングモール、ピア17パビリオン です。
イースト川 沿いの古い港町を再開発したところで、
近くに フルトンフィッシュマーケット(魚市場) もあって、賑わっているスポットです。
建築巡りの旅日記-4 台北 故宮博物院

台北にある、故宮博物院 です。故宮博物院 は 北京 にもありますが
台北の方は 毛沢東 と対立して、台北(中華民国)を建国した 蒋介石(しょうかいせき)が、
中国本土から持ってきたものを展示していて、展示品の数が 60万件以上 にも及ぶこと
から、世界四大博物館の一つに数えられているそうです。
私は、青磁器 や 中国書画 が印象的でした。
建築巡りの旅日記-5 リヨン 歴史保存地区

リヨン 歴史保存地区 の写真を、ボーナパルト橋 から撮りました。
写真中央の古い教会が サンジャン大教会 です。後ろに見える丘が
フルヴィエールの丘 で、その丘に立つ建物が ノートルダムフルヴィエール大聖堂 です。
この丘には、この写真の道の突き当りにあるケーブルカーで登りました。

ノートルダムフルヴィエール大聖堂
建築巡りの旅日記-6 近江八幡 八幡堀



近江八幡市にある、豊臣秀次 が琵琶湖を利用した交易のために造ったと言われている
八幡堀です。池波正太郎の「剣客商売」のテレビ映画のロケ地としても有名です。
建築巡りの旅日記-7 モントリオール のアパート

カナダ モントリオール の 鉄筋コンクリート造+木造4階建 のアパートです。
1階が鉄筋コンクリート造で、2~4階が木造2×4構造の モントリオールでは
標準的なアパートです。
建築巡りの旅日記-8 ワット・プラケオ


バンコク の ワット プラケオ という寺院です。1782年に時の国王 ラーマ1世 の安護寺院として建てられたそうです。ここに有名な エメラルド・ブッダ があります。タイ でクーデターが
ありましたが、今でも タイ では、王様の力は たいしたもののようですね。
建築巡りの旅日記-9 ニューヨーク 国連本部ビル

ニューヨーク の 国際連合本部ビル です。
1952年に完成ですから、もう 築54年 にもなります。
ここに行った時に、地下1階の売店で 私も おみやげ を買いました。
このビルの前に立っている旗は、今は何本あるのか?と 「ふと」 思いましたが
結局、数えずにきました。
建築巡りの旅日記-10 ケニア土着の住居


撮影 黒明潤子氏
ナイロビ近郊にある、昔ながらのケニア土着の住居です。土と日本のよし(葦)のような草木でつくられています。雰囲気は、静岡の登呂の遺跡のような感じに思えますが、現実に生活しているところが違いますが。しかし世界中の住居の原形は、それぞれの国の気候風土に合わせて作られていますが、そんなに大きな違いはないように私は思います。
