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家相 は 気になりますかー1 家相が出来た初め

家づくりを進めて行くうえで、チョット気になるのが 家相 です。
気にする人も、気にしない人も、おられると思いますが
私なりの家相の お話をしたいと思います。
家相の発祥は 古代中国?
家相の解説書を読むと、古代中国(紀元前の戦国時代)で発祥をみた
五行説十干十二支 などの 暦法(こよみ) が結び合わされて成立したと言われています。ちなみに易は 「当たるも八卦・当たらぬも八卦」 で知られている、八卦「はっけ」 で使われる 陰(--)陽(ー)
組み合わせで、できる八種の形。この八卦で、自然界や人間界のあらゆる出来事を見るのが 八卦見(はっけみ)=易者(えきしゃ)です。
下の欄に 家相の基本となる説明と図 をのせました。

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家相 は 気になりますかー2 平安京 遷都 と 四神相応

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家相 というと、家の間取の吉凶 を占う事だけに注意が行きがちですが
実際は その家の位置する 土地の形地形方位との関係 にも
吉凶があります。
上の図は、平安京 の 地相略図 です。平安京は 地相でいう
四神相応(しじんそうおう) の地、つまり南低北高の地で
東に川が流れ、西が交通の要衝として開けているという土地です。
古代中国では、天界の四方をつかさどる星象を
青龍白虎朱雀玄武 の四禽になぞられて、これを四神として四方の
守り神にしました。

北を 玄武=陰気をさえぎる=山地・丘陸
東を 青龍=風光明媚=流水
南を 朱雀=陽気さを受入れる=海・地・低地・平野
西を 白虎=交通の至便=大道

と意味づけ、これに叶う土地を 四神相応の地 とよんでいます。
垣武天皇は、この条件にあてはまる土地を選んで 平安京に遷都しました。
そのおかげで、平安京は 1000年の都 として栄え、戦災にも合わなくて
済んだのかも知れません。

家相 は 気になりますかー3 プラン作りと家相について

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家相の見方は、上記の図のような 家相盤 の中心を、家の中心 と
その家の位置の方位(北を上として) と合わせます。
そして、家相盤の領域 と 部屋の位置関係 で吉凶を判断します。

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また 家の中心の求め方は、上記の図のように中心を求めます。

家相 は 気になりますかー4 鬼門

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家相というと誰でも知っているのが、鬼門 という言葉です。
方角で言うと 東北方向、十二支では 丑寅(うしとら)、八卦では
(ごん)
が鬼門(表裏門)をさします。それに対して西南方向 十二支では、
未申(ひつじさる)、八卦では 坤(こん) が、病門 とか 裏鬼門 と言われて嫌われている方角です。それでは 何故、東北や西南が鬼門や裏鬼門と
して嫌われたのか の根拠ですが、それは、家相のもとになった「易」の
発祥をみた 古代中国 にあるようです。中国は、その名の通り中華思想の
国です。つまり世界の中心は中国であり、それ以外の周囲は異民族の
野蛮国であるという思想です。その中国から見て東北方向にいた野蛮人が、最も手強かったとか、東北からの冬期の寒気が凄まじかったから
嫌われたという説があります。また西南方向は、現在のラオスやベトナムに
あたるところで、熱帯・亜熱帯 で発生する疫病が進入してくることを恐れていたためではないかと考えられています。

家相 は 気になりますかー5 鬼門除け

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日本では、平安京の東北方向の比叡山延暦寺や、徳川家光時、寛永2年(1625年)に
創立された、江戸城の東北方向の寛永寺が 「鬼門除け」 として設立したとされています。その甲斐があってか、京都は 千年の都、江戸も開府260年続き、今日に至る日本の首都として繁栄しているということで、「鬼門除け」の御利益があったと言えるのかも知れません。
私達庶民の住宅における鬼門除けには、鬼退治の桃太郎伝説や、桃の香りは邪気を祓う
からくる、鬼門方向に桃の木を植えることのほか、南天(難を転ずる)柊・榊・梅 の木を植えることが効果があるとされています。その他 塩 や 神社のお札、猿 「難が去る」、鬼門除け石 等と様々あります。また庭に竹を四方に植えるのは、繁盛の相 とされ、松を添えれば 大吉 とも言われています。

いかがですか。あなたは、鬼門 や 鬼門除け を信じますか。
鬼門について ご意見があればどうぞ メール ください。

家相 は 気になりますかー6 プラン作りと家相について

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家相では、家の 出(張り)欠け はないのが 吉相 としていますが、どうしても
出(張り) や 欠け のある場合の、出(張り)になるか欠けになるかの判断は、上図のような考え方が一般的です。また 家相では、三合張りの家 とか 巽張り(たつみ)の乾倉(いぬいぐら) という、家の張りに関する有名な吉相を表す言葉もあります。プランをたてる時に、
どこまで家相を踏まえて設計するかと言う事になります。ただ 家相では、凸 も 凹 もないのが吉相とされていますので、無理やり張りを作ることはないと思います。

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鬼門は、どうして決まったんでしょうか

家相で忌み嫌う 鬼門 は、どうして決まったんでしょうか。
それには、二つの理由があると考えられています。
その理由の第一は、中国は自国が世界の中心の文明国で周囲の異民族(日本も含む)は、野蛮国とする中華思想の考え方があります。
そして その野蛮国を夷狄(いてき)として恐れていました。
特にその中でも、漢民族の都(長安)から見て東北方向の野蛮人
(蒙古の遊牧騎馬民族)が、最も脅威でした。そのために秦の始皇帝は
万里の長城を築いたくらいです。それだけ東北方向を嫌っていました。
その第二は、東北方向の気候の厳しさです。中国の東北方向には
シベリアがありオホーツクがあり、冬期のシベリアからの寒気のすさまじさのため、中国の住宅が東北を閉ざして建てるくらいです。
この二つの事情を 「易(八卦)」 と 「十干・十二支」 の暦法(こよみ)を
方位に当てはめたときに、東北地方を鬼門と定めたのではないかという
説です。

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日本で家相が、庶民の間で普及したのは、江戸時代からと言われて
いますが、何れにしても、紀元前400年前に中国大陸でできたとされる
ものが、今日の日本においても生きているということです。