大阪モダン建築巡り 第1回、元消防署がイタリアレストラン
大阪街歩き の新しいシリーズとして、今日から 大阪モダン建築巡り を
始めることにしました。大正末から昭和の初め、大阪は東京を凌ぐ人口と
市域を誇り、東洋一の商工都市として賑わった時代がありました。
その時代に建てられた、当時としては最先端のモダンな建築が
現代に残されています。それらのモダンな建物を巡って
大阪が輝いていた時代に、思いをはせたいと思います。
そこで第1回は、元消防署がイタリアレストランとして活かされている
建物を紹介します。
大阪中央区今橋四丁目に、元消防署(今橋出張所)を改造した
イタリアレストランがあります。「アンティカ オステリア ダル ポンピェーレ」
という名前です。オステリア はイタリア語で 食道 という意味で
ダル ポンピェーレ は 消防士 です。
1階部分は、元々は消防車のガレージだったそうですが、そこが見事に
イタリアレストランに変身しています。本格的なイタリアレストランの
お店という事で、通には知られた店だそうです。
一度 如何でしょうか。

大阪モダン建築巡り 第2回、北浜レトロ
北浜レトロビル は、元々は 株関係の企業の社屋として
1912年(明治45年)に、煉瓦造で建てられた建物です。
現在は、英国紅茶とスイーツの店として営業しています。
2階中央の半円アーチ窓と、左右に縦長窓を配した
窓(パラディオ窓)が印象的な建築です。

大阪モダン建築巡り 第3回、五感北浜本店(新井ビル)
元々 銀行だった このビルは、皇居二重木造や、奈良ホテルを設計した
河合浩蔵 の手になる建築です。左右対称シンメトリーで古典様式で
飾られています。そして現在は、自然と愛がテーマの 五感 という
ケーキショップの建物になっています。

大阪モダン建築巡り 第4回、大丸心斎橋店
大丸心斎橋店は、メンソレータムで知られる ヴォーリズ の設計で
昭和8年に竣工しました。当時 御堂筋が拡張され、梅田ー心斎橋 間に
地下鉄が開通するのに合わせて、建替えられたものです。

御堂筋側から見た大丸

大丸心斎橋側 正面玄関
大阪モダン建築巡り 第5回、堺筋に唯一残る 旧松坂屋
堺筋は、1930年頃までは、大阪のメインストリートとして、賑わって
いました。その事をあらわしているのが、堺筋に四店もあった百貨店です。
高麗橋三越(1917年・大正6年)開業をかわきりに、備後街に白木屋
長堀橋に高島屋、そして日本橋に1934年(昭和9年)に松坂屋が
オープンし、百貨店通りと呼ばれた頃です。
しかし、1926年(大正15年)から御堂筋の拡張工事が始まり
1937年(昭和12年)に完成し、さらに 地下鉄 梅田-心斎橋間 が
1933年(昭和8年)に開通すると、メインストリートは堺筋から
御堂筋に移っていきました。
そんな堺筋がメインストリートだった頃の、面影を残す建物が
今も堺筋に健在です。そこで今も残る、堺筋メインストリートの
歴史的証人とも言える、モダン建築を紹介していきたいと思います。
第1回は、堺筋にあった百貨店で唯一、今も建物が残っている
旧松阪屋大阪店です。
現在は、高島屋東別館として家具ショールームとブライダルサロンに
なっています。
堺筋(日本橋筋)に面したアーチと、壁柱のモダンなデザインは
今も日本橋に存在感を示しています。

堺筋から見た高島屋東別館(旧松阪屋大阪店)

旧松阪屋大阪店の見事なアーチの玄関ファサード
大阪モダン建築巡り 第6回、堺筋伏見町の蔦で覆われたビル
堺筋を伏見町の通りへ西へ入ると直ぐに、蔦で覆われた建物が見えます。
この建物も、れっきとした大正モダンの建築で
現在の名前を 青山ビル と言います。
はじめは、個人の邸宅として建てられたようですが、その後 昭和9年
創業と云う 「丸福珈琲店」 が店を構えて、現在に至っています。
今の季節 蔦が冬枯れで、モダンな建物の外観が見えています。
今は、枯れている建物の蔦は、あの甲子園の蔦を株分けしてもらった
ものだそうです。
歩いていても、気に留めなければ、何気なく通り過ぎてしまいそうな
建物ですが、堺筋のモダン建築それぞれに、小さな物語があるようです。
そして静かに、時代の移り変わりを見ながら佇んでいます。

蔦の冬枯れで外壁のみえた青山ビル

青山ビルのエントランス部分
丸福珈琲店の看板が見えます。
大阪モダン建築巡り 第7回、ヴォーリズ建築 大阪教会
大阪には、大大阪時代のモダン建築が、大阪市内 各所に残っています。
今回から、その大阪のモダン建築を紹介して行きたいと思います。
第1回は、大阪にある ヴォーリズ建築としては、大丸心斎橋店と共に
貴重な大阪で初めての大阪教会です。
大正11年(1922年)に、礼拝堂が完成しています。
ロマネスク様式と呼ばれる建築で、正面のバラ窓が印象的な建物です。
行き方は、地下鉄肥後橋駅8号出口を出たところの
東西の道を、約7~8分西に行ったところにあります。


大阪教会
大阪モダン建築巡り 第8回、高麗橋 野村ビルディング
堺筋界隈には、今に続く企業の建物が、大正から昭和初期には
すでに社屋を構えていました。
その代表的な建物が、現野村グループにつながっている
高麗橋 野村ビルディング です。
このビルは、大阪ガスビルを設計した事で知られる
安井武雄の設計です。
黄土色の壁を斜めに傾け、その縁を瓦のラインで仕上た
独特のデザインがモダンで印象的です。
この建物が、出来た当時の堺筋では、さぞハイカラで
目立った建物であったろうと想像します。

堺筋から見た高麗橋 野村ビル
特徴のある 野村ビル玄関ファサード
大阪モダン建築巡り 第9回、堺筋日本橋の白い教会
堺筋が、千日前通りを越えて、日本橋筋と名前が変るところの
ちょうど黒門市場と日本橋筋(堺筋)を挟んで、反対側に建っている教会
大阪日本橋キリスト教会 を紹介します。
1903年(明治36年)創設という、歴史のある教会です。
2000年には、文化庁より登録有形文化財にも登録された教会建築です。
明治も後半になると、キリスト教会がボツボツ各地に建てられていました。
そしてこの頃、堺筋や千日前の商家の中にも、キリスト教を信心する方も
多くなってきていたようです。

堺筋から見た大阪日本橋キリスト教会

教会の玄関ファサード
大阪モダン建築巡り 第10回、大阪で一番モダンな時計台
堺筋を東西に横切る平野通りは、昭和初期には、カフェや飲食店が
軒を並べ、心ぶら と共に 平ぷら と呼ばれた程、賑わっていたそうです。
その頃、つまり 1930年 昭和5年 に、堺筋と平野通りの角の一等地に
生駒時計店 が出来ました。
当時 生駒時計店では、本店新築にあたり、大阪で一番モダンで
斬新な設計を依頼したそうです。そして出来たのが、当時 流行の
スクラッチタイルを全面に張った、アールデコスタイルの独特の
デザインのビルでした。丁度 東京銀座の 和光時計店 のように
堺筋の新しいランドマークとして、親しまれました。
それが、堺筋で未だに目立っている 生駒ビルディング です。
生駒時計店 全景

生駒時計店 ファサード
大阪モダン建築巡り 第11回、堺筋倶楽部
堺筋と南船場3丁目北通り東北角に、シンメトリ(左右対称)の
重厚な4階建の建物が、ひときわ異彩を放っています。
この建物は、1931年(昭和6年) ちょうど満州事変が起こった年に
川崎貯蓄銀行大阪支店として建てられました。その銀行建築を 1階は
イタリアン、2階は フレンチのレストランとして、2001年オープンしました。
その名も 堺筋倶楽部・アンブロシア です。
モダン建築に似合うのか、レストラン・カフェ・ケーキショップ・画廊 として
リニューアルされている建物が多いです。
チョット 行って見たくなるモダン建築です。

堺筋から見た外観

堺筋倶楽部アンブロシアの玄関廻り
大阪モダン建築巡り 第12回、三井住友銀行 大阪中央支店
堺筋には、多くの立派な銀行建築が、立ち並んでいました。
しかし、第一勧業銀行高麗橋支店や、三井銀行船場支店のように
取り壊されたものや、既に紹介した五感本店の入る現新井ビルのように
リニューアルされて転用されているもの等がありますが
今も堺筋高麗橋に建つ、三井住友銀行大阪中央支店は、銀行の名前は
替わってますが、現在も銀行として残っている数少ない例です。
銀行の名前は
三井銀行大阪支店→さくら銀行→三井住友銀行大阪中央支店
と変遷しています。
そして、この建物のエンタシス列柱の威風堂々とした姿は
今でも この界隈で存在感を示しています。

三井住友銀行 大阪中央支店の全景

正面の列柱ファサード
大阪モダン建築巡り 第13回、船場ビルディング
堺筋から淡路町の通りを西に入って、二筋越えた北側に
船場ビルディング があります。外観は、あっさりしたアールデコの
デザインで、そんなに古くは見えませんが
しかし このビルの完成は、1925年大正14年です。
ビルの特徴は、パティオ(中庭)の廻りに、外廊下があり
その廊下に面して各室(テナント)が配置されている点です。
大阪の、ど真ん中にあるビルなのに、パティオ(中庭)があります。

船場ビルディング 外観

中庭を望むエントランス
大阪モダン建築巡り 第14回、綿業会館
大阪が東洋のマンチェスターと呼ばれた、明治後半から昭和前半の時代
東洋紡 岡常夫 の遺言からの寄付をもとに建てられたというのが
綿業会館です。
三休橋筋と備後町通りの角に建つこの建物は、一見して、本場 ロンドン
(マンチェスターは行った事がないので)の街角にいるような
錯覚を与える程の風格があります。
この建物の設計は、ダイビルも手がけている
当時の関西建築界の巨匠 渡辺節氏 です。
そして その助手が、私達の時代の巨匠 村野藤吾 という
言わば建築における 双葉山と大鵬 のコンビで造ったような建築です。

三休橋と備後町通りの角から見た綿業会館

綿業会館 玄関廻り
大阪モダン建築巡り 第15回、ダイビル
ダイビルは 既に、解体して建替えられる事が決まっていますので
残念ながら、もう直ぐ見られなくなります。
設計は、巨匠 村野藤吾 の師匠 渡辺節 という建築家です。
この渡辺節は、合理的設計でありながら、装飾を華麗に取り入れる
事の出来た建築家で、北側正面玄関のロマネスク調の半円アーチに
鷹と少女の像を あしらったデザインや、玄関左右の柱の
様々な動植物や謎の人面は、まるで インディージョーンズに出て来る
古代の建物を思わせます。
もう見られなくなる、こんな素晴らしいモダン建築を是非 ご覧下さい。

西北側から見た外観

玄関正面の半円アーチ

玄関脇の列柱飾り
大阪モダン建築巡り 第16回、大阪倶楽部
大阪倶楽部は、会員制の紳士のための社交場として
1912年(大正元年)開館しましたが、1922年に火災で焼失しました。
その後 安井武雄の設計で、再建され1924年(大正13年)完成したのが
現在の建物です。大阪ガス・高麗橋野村ビルと並ぶ、安井ワールドの
象徴的な建築で、トーテムポールに鎮座する怪物など
独得の装飾デザインが印象的です。大大阪時代の貴重な建築遺産で
国の登録有形文化財にも指定されています。


大阪モダン建築巡り 第17回、里山カフェ(山内ビル)
四ツ橋筋の肥後橋交差点直ぐ、西の土佐堀川に面して建っている
茶系のタイル貼りの建物があります。この建物の名前は 山内ビル と
言いますが、それよりも 「里山カフェ」 といった方が、知っている方が
多いのではないでしょうか。無農薬・有機農法 で作った 野菜・果物 を
使ったメニューの お料理が人気のお店です。
しかし このビルは、元々 法律事務所として、1933年(昭和8年)に
建てられました。連続するアーチ窓や、ステンドグラスの入った
花びらのような窓、さらに屋上部分の軒飾り等、この当時の装飾的な
デザインが、バランス良く施された、モダン建築です。
一度 ここで、ヘルシーメニューを食べながら
大大阪時代にタイムスリップしてみたいものです。

山内ビル外観(里山カフェ)

肥後橋の交差点から見た山内ビル
大阪モダン建築巡り 第18回、堺筋の小さなホテル
伏見通りの蔦のビル(青山ビル)の、直ぐ隣に立っているモダンな建物
それが今回 紹介する 伏見ビル です。
もとは、ホテルだったというこの建物は、そう言われてみれば
窓の取り方に、そんな感じが残っています。
現在は、このビルの現オーナーが経営する 「ギャラリーもず」 という画廊他
テナントが入っています。このビルが出来た1923年(大正12年)
アールデコのモダンな このホテルに、どんな方が泊まった事でしょう。

伏見ビル全景

西側から見た1階部分
大阪モダン建築巡り 第19回、天神橋 フジハラビル
大阪北の天神橋筋が天神橋にかかる手前(北詰)を
左に入った直ぐのところに フジハラビル があります。
このビルは、1923年(大正12年)に建てられた、モダン建築です。
現オーナーの藤原氏が、建物内部をアートに開放している事で
知られています。
私が写真を撮りに行った時も、ゲバラ展を開催していました。
そしてウインドーには、音楽に連動した映像アートが映し出されていました。
4階と地下にギャラリーが設けられ、演劇・音楽・落語の会 や
ファッションショーも催されるそうです。
建物の雰囲気を活かして、現代に生きているモダン建築です。
フジハラビル 外観
エントランス部分
大阪モダン建築巡り 第20回、大阪中央郵便局
大阪駅の西側に、周りに比べて古い感じの四角いビルがあります。
これが、大阪でも存続問題になっている 大阪中央郵便局 です。
柱と梁を、そのまま見せたデザインのモダン建築です。
1939年(昭和14年)竣工の この建物は、逓信省の吉田鉄郎氏の
設計になります。(と云う事で東京の中央郵便局も吉田鉄郎氏です)
そして この建物は、柱と梁の間にある窓の段数は
階によって違いますが、格子で区切られた大きさは、みな同じ大きさです。
これが この建物が、緻密な比例の設計で、デザインされている事を
表しています。
吉田鉄郎氏は、日本の伝統建築が、柱と梁の美しい建築であるので
それを機能主義とも呼ばれるモダニズム建築と融合させて
設計し現わしたのが、この大阪中央郵便局と言われています。
予断ですが、この建物も桂離宮と同じで、海外の専門家の評価が高いと
聞きます。何れにしても、大切な時代の文化を表現する
貴重な遺産ともいえる この建物を、残して欲しいものです。

大阪中央郵便局全景

柱・梁と窓のバランスが取れている外観
大阪モダン建築巡り 第21回、三休橋筋のモダン建築
堺筋から西に三つ目の、梅壇木橋につながる南北の筋が三休橋筋です。
この筋にも、モダンな建物が今に残っています。
今橋通りとの角に建つ、現八木通商は
もとは銀行として建てられたものを、その後 全面的な改修を行ない
アール・デコスタイルの建物に変身して、現在に至っています。
さらに、一筋 南に下がったところの角には、シェ・ワダという
フレンチのレストランになっている建物が目に入ります。
この建物は、もとは保険会社の社屋だった建物で
設計は、日銀大阪支店や中央公会堂の設計に関った、辰野金吾です。
そして隣には、ゴシックスタイルの日本基督教団浪速教会が建っています。
この建物は、ヴォーリズの設計指導のもとに建てられたようです。
八木通商は 元銀行です。
シェ・ワダは 元保険会社社屋です。
ヴォーリズの設計指導による
日本基督教団浪速教会です。
大阪モダン建築巡り 第22回、大阪府庁本館
何かと話題になっていました大阪府庁本館も、立派なモダン建築です。
江之子島にあった大阪府庁から、新府庁(現府庁)に移転したのが
1926年(大正15年)です。江之子島府庁と同じく白い外壁は
タイル貼りで仕上げられ、正面玄関車寄せ部分には
イスラム風の唐草模様がデザインされた重厚な建物です。
太平洋戦争の時には、屋上に機銃掃射が設置されて
アメリカの空襲に備えたそうです。そして、戦争を乗り越え
今日に至り、現役の都道府県庁舎としては、もっとも古い建物です。
最近では、木村拓哉主演の映画 「HERO」 のロケでも使われたようです。
結局 府庁のWTC移転が流れたようですので
この先 この府庁本館は、どうなるのでしょうか。
立派な歴史的建造物ですので、中途半端に建替えないで
このまま残して欲しいと思うのは、私だけではないような気もしますが
如何でしょうか。
大阪府庁全景
府庁車寄せ部分のイスラム風 唐草模様
大阪モダン建築巡り 第23回、高級食料品の明治屋ビル
堺筋が中央通りと交差する、一つ手前の西側の角に
明治屋ビルがあります。
1924年(大正13年)竣工ですから、7階建のこのビルは
その当時としては、規模の大きな建物だったと思います。
高級食料品の明治屋として、今でも知られてますが
現在は1階にローソンが入り、その上の帯ラインのMEIDIYAの文字の跡に
出来た当時の名残を感じます。
このビルも、堺筋がメインストリートだった頃の面影を残す
貴重な建物といえると思います。

堺筋から見た明治屋ビル
塔屋は見えませんが、モダンな装飾が施されているようです。

モダンな面影の玄関部分
大阪モダン建築巡り 第24回、堺筋日本橋の白い教会
堺筋が千日前通りを越えて、日本橋筋と名前が変るところの
ちょうど黒門市場と日本橋筋(堺筋)を挟んで、反対側に建っている教会
大阪日本橋キリスト教会を紹介します。
1903年(明治36年)創設という、歴史のある教会です。
2000年には、文化庁より登録有形文化財にも登録された教会建築です。
明治も後半になると、キリスト教会がボツボツ各地に建てられていました。
大阪日本橋キリスト教会正面です。

教会正面玄関部分
大阪モダン建築巡り 第25回、堺筋倶楽部
堺筋と南船場3丁目北通り東北角に、シンメトリ(左右対称)の重厚な
4階建の建物が、ひときわ異彩を放っています。
この建物は、1931年(昭和6年)ちょうど 満州事変が起こった年に
川崎貯蓄銀行大阪支店として建てられました。
その銀行建築を 1階は イタリアン、2階は フレンチとして
2001年にオープンしました。その名も 堺筋倶楽部・アンブロシア です。
モダン建築に似合うのか、レストラン・カフェ・ケーキショップ・画廊 として
リニューアルされている建物が多いです。
チョット、行ってみたくなるモダン建築です。

大阪モダン建築巡り 第26回、中央電気倶楽部
大阪北区堂島に中央電気倶楽部という、モダン建築があります。
大阪には、大大阪時代の会員制の社交場になっている倶楽部建築として
残っているのは、以前 紹介しました、大阪倶楽部と綿業会館と
この中央電気倶楽部が有名です。
1930年(昭和5年)竣工のこの建物は
日本電気協会関西支部として発足しています。
今は 最上階のホールでは、ダンスパーティーやコンサート等も催されて
歴史の重みのある内装が、雰囲気を盛り上げています。
中央電気倶楽部全景
不思議な瓶のような彫刻
大阪モダン建築巡り 第27回、十三のヴォーリズ建築
大阪の十三に、ヴォーリズの建築があるのを ご存じでしょうか。
場所は、神崎橋につながる十三筋に面した、十三元今里あたりです。
博愛社という、福祉法人が運営する博愛社礼拝堂です。
1936年(昭和11年)に完成しています。
教会の名前は、日本聖公会 聖購主教会(あがないぬし)です。
ただ この教会は、ヴォーリズの指導で、弟子が設計したとの
説がありますが、まぎれもなく ヴォーリズ建築の作風です。
阪急十三から歩いて 10分程ですが、ヴォーリズ建築が お好きな方は
一度訪ねられては、如何でしょう。
十三筋から見た 聖購主教会礼拝堂です。

絹のような曲線の美しい エントランス部分です。
大阪モダン建築巡り 第28回、芝川ビル
芝川ビルは 元々は、花嫁学校として関西では有名だったようです。
竜山石(たつやまいし)を用いた、マヤインカ文明を思わせる
個性的な設計は、本間乙彦の手によるもので、F・Lライトの影響を
受けているとも言われ、1927年(昭和2年)に完成しています。

大阪モダン建築巡り 第29回、大阪ガスビル
大阪ガスビルは、1933年(昭和8年)
御堂筋拡幅工事や、地下鉄開通と共に完成しました。
当時の大阪の最もモダンな建築でした。設計は 安井武雄 で
水平線の庇と半円柱で構成するモダンな外観は
今も古さを感じさせません。

大阪ガスビル外観
大阪モダン建築巡り 第30回、大江ビル
大阪のテナントオフィスビルの草分けといわれる 大江ビル は
地下に 食堂・理髪店・貸金庫、2階には 売店・写真現像用の暗室
3~5階には 貸応接室まで設けられた
サービス満点のオフィスビルでした。
これが後のオフィスビルに、大いに影響を与えたと言われています。
竣工は 1921年(大正10年)、設計は 葛野壮一郎 です。

大江ビル外観

大江ビルエントランス
大阪モダン建築巡り 第31回、旧大林組本店
大手ゼネコン 大林組 の旧本店ビルです。
1926年(大正15年)に竣工した建物です。
建築当時、アメリカで流行していたスパニッシュスタイルで
設計された、大阪でも斬新なモダン建築でした。
現在は、調理学校として使われています。
旧大林組本社

玄関アーチ
大阪モダン建築巡り 第32回、今は建替中 新朝日ビル
新朝日ビルは、1958年(昭和33年)に竣工した
地下2階 地上13階建の、当時として日本一の商業オフィスビルでした。
リーガグランドホテルやフェスティバルホールが入居していて
特にフェスティバルホールは、大阪の音楽のメッカとして
親しまれていました。今年から解体に入り、2013年に
新しいフェスティバルホールを含んだ、高層ビルとなるようです。
モダン建築の範ちゅうには入らないかも知れませんが
大阪の名物建築ということで、ここで紹介します。

旧新朝日ビル

旧フェスティバルホール
大阪モダン建築巡り 第33回、三木楽器開成館
中央区北久宝寺3丁目の、せんば心斎橋の角に立っている
明るいオレンジ色の建物が、三木楽器開成館です。
この三木楽器は、1888年(明治21年)から楽器販売を行うように
なったという老舗です。現在の建物は、1925年(大正14年)に建てられ
1階をピアノショールーム、2階を120名収容のピアノサロンとして
開成館という昔の名前を名付けたそうです。楽器販売を行うようにした
三木佐助のネームプレートも刻まれています。
大阪における、楽器販売の草分けの建物です。
三木楽器開成館外観

三木楽器開成館プレート
大阪モダン建築巡り 第34回、松竹座
大阪松竹座は、日本初の洋式劇場として
1923年(大正12年)に開館しました。
開館当初から、洋画の封切館とOSK(大阪松竹歌劇)の本拠地として
親しまれてきました。平成になって、ネオルネサンスの大きな
半円アーチ部分を残す形で改築され、歌舞伎などの演劇を
上演する劇場に生まれ変わりました。
設計は、大林組の木村得三郎という方で、京都の先斗町歌舞練場なども
手掛けています。今でも、道頓堀のシンボルとして、存在感のある
建物です。定期的に上演されている歌舞伎ともども
良く見て頂きたい大阪のモダン建築です。

松竹座 夜景

道頓堀通りから見た松竹座
大阪モダン建築巡り 第35回、長瀬産業
四ツ橋筋に面して建つ 長瀬産業 は、1928年(昭和3年)に
建てられた、モダン建築です。
その後、事業の拡大と共に増築された新しい建築も、最初に建てられた
旧館に配慮して設計されていますので、色調やデザインに統一感があり
心地良い街並みを形成しています。

長瀬産業 旧館全景

旧館玄関ファサード部分
大阪モダン建築巡り 第36回、旧鴻池組本店と居宅
大阪市此花区伝法に、準大手ゼネコン 鴻池組の明治42年(1909年)
建築の本店と居宅が、現在も史跡として残っています。
鴻池組の本店として、使われていた建物は洋館の方で
居宅の方は、卯建もある町家建築で、その和と洋が一体として
造られた、ちょっと珍しい建物です。
洋館の方は、アールヌヴォー様式で、赤と白を使った
現在 残っている外観は、大正3年(1914年)に改修された
時のものだそうです。
大阪に残るモダン建築のなかでも、異彩を放つ建築です。
行き方は、阪神なんば線 伝法駅下車、改札を出た南側の道を
東へ 徒歩5~6分のところにあります。
旧鴻池組本店に使われていた洋館

洋館につながる町家建築の居宅
大阪モダン建築巡り 第37回、リストランテ・サリーレ
西区土佐堀にあった、モダン建築をリニューアルして
レストランにしているのが、今回 紹介する リストランテ・サリーレ です。
元々は 大正末期に、大阪産業信用金庫として、建てられたビルです。
このレストランのオーナーが、ビルの所有者とかけ合って
OPENしたそうです。このように、古いモダン建築を活かして
頂けると嬉しいものです。
場所は、なにわ筋常安橋南詰、中之島から橋を渡って
直ぐ東(中之島から来ると左)の土佐堀に面するところです。

リストランテ正面外観

玄関エントランス廻り
大阪モダン建築巡り 第38回、旧第四師団司令部庁舎
旧第四師団司令部庁舎とは、いかにも 厳しい名前で
そんな建物、今時 何処にあるねん と、仰られそうですが
最近まで、市立博物館として使われていた、大阪城内にある
中世の城郭を思わせる建物と言えば、お気づきの方も
おられるかも知れません。
実は、今回 紹介する旧第四師団司令部庁舎は、御堂筋を
造った事で知られる、関市長の時代 1931年(昭和6年)に
大阪城本丸広場に建てられました。これは 関市長が、軍施設を
大阪の一ヶ所にまとめておきたいとの、思惑があったようです。
デザインは、中世の城郭のような小塔や、ギザギザ模様の
パラベット飾りなど、凝ったつくりで、これが当時の大阪市民の
寄付で建てられたとは、驚きです。
旧第四師団司令部庁舎 正面外観

玄関廻り外観
大阪モダン建築巡り 第39回、高島屋大阪店
1932年(昭和7年)に南海電鉄が、南海難波駅のターミナルビルとして
全館完成した建物の大部分に入居したのが、高島屋大阪店です。
当時は 梅田に、同じく阪急電鉄の梅田ターミナルに、阪急百貨店が
OPENしていましたので、この頃から、大阪のキタとミナミが
競うようになった始まりのようです。
この建築の設計は 久野節 で、16本のコリント式壁柱と
アーチをテラコッタでつくった、ヨーロッパの雰囲気をかもしだす
重厚なモダン建築です。
今年、リニューアル工事と増築工事が完成し、同じく新装なった
梅田の阪急百貨店と、77年の時を越えて
競っているようにも思えます。

高島屋改装前

高島屋改装後
大阪モダン建築巡り 第40回、大阪市立中央公会堂
水都大阪2009や、光のルネサンスで賑った中之島界隈ですが
なんと言っても、中之島のシンボルは、中央公会堂です。
北浜の相場師 岩本栄之助が、アメリカ視察から帰って来て
大阪にも市民の集う、集客施設が必要と、明治のお金で
100万円を寄付した事で、この建物が出来ました。
ネオ・ルネサンス様式と呼ばれる、優美なこの建物の設計は
当時29歳の若き建築家 岡田信一郎の案が、コンペで選ばれ
それを、東京駅や日銀の設計で知られる辰野金吾が
修正して完成しました。
何れにしても、中之島のランドマークにもなっている建物です。
是非 一度お訪ね下さい。
半地下部分にあるレストランも人気です。地下鉄・京阪から
淀屋橋を渡って、市役所横のみよつくしプロムナードと呼ばれる
並木路を抜けると、直ぐに見えてきます。
大阪市立中央公会堂 南側からの外観です。

中央公会堂の夜景
大阪モダン建築巡り 第41回、大阪市立中央公会堂 内部
昨年の12月22日、大阪市立中央公会堂の内部が
無料公開されました。
その時に、内部を写真に撮りましたので
ここで ご紹介致します。
1階大ホール
3階の天井画
大阪モダン建築巡り 第42回、大阪市立中央公会堂 内部-2
昨年の12月22日、大阪市立中央公会堂の内部公開時に
撮影した写真の続きです。
公会堂正面にある 3階ホール窓です。
3階ホールの壁画です。
大阪モダン建築巡り 第43回、大阪市立中央公会堂 内部-3
3階には、正面側の特別室や、中集会室 小集会室があります。
何れも、仲々クラシカルな雰囲気のインテリアです。
3階の小集会室です。
3階の中集会室です。
大阪モダン建築巡り 第44回、大阪市立中央公会堂 内部-4 階段室
公会堂の回り階段には、洒落た窓がデザインされており
その窓から、中之島や梅田界隈の景色が見えます。
階段室から見える景色
階段室の洒落た丸窓
大阪モダン建築巡り 第45回、大阪市立中央公会堂の由来
大阪市立中央公会堂は、1911年(明治44年) 北浜の株式仲買人
岩本栄之助の当時の100万円の寄付によって、建築設計コンペを
行ない、岡田信一郎案が1位になり、岡田案に基づいて
辰野金吾 片岡安 が実施設計を担当し、1918年(大正7年)に
完成しました。その説明板が、栴檀木橋側にあります。
また当時の市長が、岩本氏へ寄付の礼を書いたものが
公会堂 玄関エントランス壁面に飾られています。
中央公会堂説明板
寄付の礼を書いた銘板
大阪モダン建築巡り 第46回、京町ビル
大阪四ツ橋筋の西側で、靭公園の北側から土佐堀川の間の
エリア 京町堀・江戸堀・土佐堀 と呼ばれてるところには
モダン建築が結構 残っています。
その中で、四ツ橋筋に面した京町ビルは、規模も大きく良く
目立つ存在です。
正面は、シンメトリーという、左右対称のデザインですが
横から見ると道路沿いに斜めになっています。
創建当時、4階に清和倶楽部という社交場や
5階に欧風レストラン 「京ビル食堂」 があったそうで
その時代の最先端の洒落たモダンビルだったようです。

四ツ橋側から見た京町ビルです。

京町ビル 壁面デザイン
大阪モダン建築巡り 第47回、ダコタハウス
チョット 変わった名前ですが、言われてみれば
そんな雰囲気にも感じる建物です。
建っている場所は、肥後橋から延びる、土佐堀通りに面した
西区江戸堀です。
以前は、西船場の近代建築の顔として
良く紹介されていたようです。
1階のカフェの雰囲気が、ダコタハウスの名前を
彷彿させてくれているようです。

ダコタハウス全景

ダコタハウス1階廻り
大阪モダン建築巡り 第48回、商船三井築港ビル
今回 ご紹介する モダン建築は
その名の通り、港区築港にあります。
この建物が完成した、1933年(昭和8年)当時 築港は
大阪の大陸への玄関口として、大いに賑わっていました。
その頃は、市電も大阪中心部から、大阪港大桟橋まで
通じていました。
この みなと通りの両側には、近代建築が並んでいましたが
現在 残っているのは、今回 紹介する商船三井築港ビルと
その隣に建つ、天満屋ビルぐらいしか建っていません。
このビルは、当初は 3階建でしたが、この地域が台風等で
水没するので、1950年に道路が2m程 かさ上げされて
元の1階が地下になってしまいました。
さらに 2階部分が、60年代に新たに増築されて
現代の姿になっています。
場所は、地下鉄大阪港駅から、桟橋より直ぐの所に建っています。
商船三井築港ビル
モダンなデザイン構成の外壁面
大阪モダン建築巡り 第49回、安田ビル
西区京町堀通りと靭公園に挟まれたあたりに
安田ビル という、モダン建築が建っています。
1936年(昭和11年)竣工の このビルの外壁は
当時 流行のスクラッチタイル貼と、4本の円柱で
構成された、シンメトリという左右対称のデザインです。
1階には、画廊が入っているようで、この建物を見ていると
大大阪時代と呼ばれた頃の時間が、まだ流れてるような
雰囲気が感じられました。

安田ビル全景

安田ビル外壁
大阪モダン建築巡り 第50回、船町ビル
肥後橋から土佐堀通りを歩くと、通りの左側に見えてくる
4階建の小ぶりなモダン建築が、船町ビルです。
このビルが出来た1937年(昭和12年)当時
このあたりは、土佐堀船町と呼んでいましたので
この名前が付いたものと思います。
三本の細い円柱と、頭にギボシのような飾りと、玄関面の壁など
いろいろとデザインに工夫を凝らせた、モダンな建物です。
元々は、自社ビルとして建てられたようです。
当時のこのあたりの街並みが、忍ばれる気がしました。
行き方は、地下鉄四ツ橋線 肥後橋駅 2号出口 徒歩5分です。

船町ビル全景

船町ビル玄関部分
大阪モダン建築巡り 第51回、日本生命新本館
御堂筋を淀屋橋から少し南に下ると、直ぐ左手に見える
シンプルな白いビルが、日本生命新本館です。
第1期工事(北半分)が、1939年(昭和14年)に
竣工しました。設計は、長谷部鋭吉と竹腰健造です。
御堂筋は 関市長が、パリの街並みに習って
31mの高さに揃える、取り決めをしていましたので
その高さに則って、設計された建物です。
残念ながら現在は、この規制は、敷地内に空地を取れば
構わないという事に変わりましたので、御堂筋の建物の高さは
揃わなくなりました。
しかし この日本生命新本館は、御堂筋のスカイラインが
揃っていた時代を感じることの出来る、美しいモダン建築です。
御堂筋から見た 日本生命新本館ビル

日本生命新本館ビル 玄関廻り
大阪モダン建築巡り 第52回、菅澤眼科クリニック
西区土佐堀2丁目に、1928年(昭和3年)に完成した
モダン建築が建っています。菅澤眼科クリニックという
医院建築です。外観のタイルや玄関廻りのガラスは
ドイツからの輸入品で作られたそうです。
玄関廻りに、古典的様式を抽象化したデザインが用いられた
モダン建築です。
この建物を見ていると、建設当時の時代が想像出来るような
気がします。

菅澤眼科全景

玄関正面部分
大阪モダン建築巡り 第53回、細野ビル
西区の長堀通りと、新なにわ筋の交差点西北角に
細野ビル という、3階建の小ぶりなビルが建っています。
1936年(昭和11年)に建てられた このビルは
元々は、細野組という建設会社の社屋でしたが
現在は、様々なジャンルのアーティストが集まる
アートスペースとして、使われているようです。
場所は、地下鉄西長堀駅 4c出口すぐです。

細野ビル 外観

細野ビル 入口部分
大阪モダン建築巡り 第54回、天満屋ビル
以前 紹介した、港区築港の商船三井築港ビルの隣に建つ
天満屋ビル も、大阪港 築港が賑っていた1936年(昭和11年)に
竣工したモダン建築です。
茶褐色のスクラッチスタイルや角の曲面、印象的な丸窓など
当時のモダニズムを、今に伝えています。
1950年(昭和25年)に、この地域を浸水から守るために
盛土されたために、もとの1階が半地下になり
2階には、階段で上がるようになっています。
隣の商船三井築港ビルとともに、昭和初期の時間が
感じられるような気がします。

天満屋 全景

2階になってしまった天満屋ビル玄関
大阪モダン建築巡り 第55回、原田産業㈱本社ビル
中央区南船場に、原田産業㈱の本社ビルがあります。
1928年(昭和3年)に建てられたモダン建築で、ビル竣工依頼
同じ会社の社屋として、使われている建築です。
正面中央のガラスサッシは、現在 多くみられる
ガラスカーテンウォールに似た、デザイン処理がされ
古典的デザインと、うまく融合されています。

正面外観

エントランス(玄関)部分
大阪モダン建築巡り 第56回、大阪ガスビルー2
大阪ガスビルが完成した1933年(昭和8年)は
御堂筋が本町まで完成し、地下鉄が開通した年でもありました。
そして このビルは、ガスがもたらす新しい生活のショールームとして
ガス器具の展示と、料理の実演が行なわれ、2階のホールでは
コンサートや、名画試写会が催されたりした
時代の最先端の場所でした。
そして その設計は、既に 大阪倶楽部 高麗橋野村ビル の
設計で知られた、安井武雄です。
ダイビルの渡辺節、その弟子の村野藤吾と並ぶ
関西を代表する建築家です。

ガスビル外観アール

ガスビル側面アール
大阪モダン建築巡り 第57回、清水猛商店
淀屋橋・北浜・堺筋地区には、多くのモダン建築が残っていますが
そのなかで、御堂筋から東へ一筋、淡路町の通りに面して建っている
清水猛商店も、中々ユニークなモダン建築です。
外観は洋風で、船場の家具室内装飾を扱う町家です。
構造は木造で、1階部分と2~3階部分が区分されたデザインで
その境目には、和瓦がのっています。
この建物の特徴は、金属製の庇で、庇を吊っているワイヤーや照明器具に
設計者の想いが伝わります。また、1924年(大正13年)竣工の
この建物の、当時の時代も感じられる気がしました。

正面外観

正面庇部分
大阪モダン建築巡り 第58回、武田薬品道修町ビル
大阪道修町は、江戸時代から日本全国への薬流通の中心地として
栄えた街です。その街に、武田薬品の道修町ビルがあります。
武田薬品は、1781年(天明元年)創業の業種仲買商が
始まりの会社です。1928年(昭和3年)に
この建物を本店として建てました。
この当時 流行のスクラッチスタイルではなく、煉瓦色タイルの面の
モダンデザインで設計された、現在につながる建物です。
地下鉄堺筋線北浜駅6番から堺筋へ出て
道修町通りを西に二筋目角に建っています。


武田薬品 道修町ビル外観
大阪モダン建築巡り 第59回、大阪農林会館
中央区南船場にある大阪農林会館は、元々 三菱商事大阪支店として
1930年(昭和5年)に竣工したモダン建築です。
1階が、営業室として設計されたため、高い天井のゆったりした
雰囲気です。外観の窓も、現代の建築に通じる大きな窓で
外観面より少し出ているのが特徴です。船場という土地柄で
このビルは、ファッションやアート関係のテナントが入居しています。


大阪農林会館 外観
大阪モダン建築巡り 第60回、三菱UFJ銀行 天神橋支店
三菱UFJ銀行 天神橋支店は、昭和5年(1930年)に建築された
モダン建築です。この建物は、幕末の新興財閥 山口吉郎兵衛の設立した
山口銀行北支店として建築されました。
その後 昭和恐慌時に、鴻池銀行と三十四銀行と合併して
三和銀行になり、さらに合併して、現在の三菱UFJ銀行になり
今日に至っています。
天神橋北詰の天神橋筋に面して建つこの建物は
日本の時代の変遷に翻弄されながら、今も健在のモダン建築です。
天神橋筋から見た建物

パラペット部分にモダンにデザインされた装飾
大阪モダン建築巡り 第61回、天満教会
北区の堺筋と松屋町筋が合流して、天神橋筋と名前を変える
天神橋1丁目から北に一筋行った、東西の通りの西角
南に面して、天満教会があります。
外からは地味な建物ですが、昭和5年(1930年)に建てられた
モダン建築です。日本キリスト教団天満教会が正式な名称で
中村鎮氏の設計になるブロック構造の建物です。
内部の礼拝室が、お茶の水の聖橋に似た、アーチ形トラスで構成された
空間が素晴らしいので知られています。
外回りのドアやステンドグラスに、教会建築の雰囲気が感じられます。
チョット見過ごしてしまいそうな建物ですが、こんなところにも
昭和モダンが、息づいています。
天満教会 玄関廻り

天満教会の勝手口 ステンドグラスドア
大阪モダン建築巡り 第62回、イトーキ船場ビル
モダン建築の集まる堺筋から、西へ一筋 南北の通りの平野町通りから
北へ上がったところに、イトーキ船場ビルがあります。
このビルは、はっきりした建築年は不明ですが、昭和初期と思われます。
元々は、薬品会社の社屋だった建物を、1890年 平野町創業の
伊藤喜商店(現イトーキ)の社長が気にいって購入したそうです。
それで今日まで、中世洋館風のモダン建築が残されて、使われています。
近くの生駒時計店などのモダン建築とともに
散策してみては如何でしょうか。


イトーキ船場ビル外観
大阪モダン建築巡り 第63回、三井住友銀行大阪本店
淀屋橋と肥後橋の間の、土佐堀川に面して、堂々たる風格で建っている
黄土色のモダン建築が、三井住友銀行大阪本店ビルです。
この建物は、住友ビルディングとして、1926年(大正15年)に
建てられました。設計は、現在の日本一の設計事務所と呼ばれる
日建設計の前身、住友工作部の長谷部鋭吉と竹腰健造が担当しました。
大大阪時代の面影を今に残す名建築です。
土佐堀通りから見た三井住友銀行大阪本店

三井住友銀行大阪本店 正面玄関
大阪モダン建築巡り 第64回、藤山寛美の学んだ小学校
難波のど真ん中 戎橋筋の東側にある、旧精華小学校は
松竹新喜劇を代表する、喜劇俳優 藤山寛美さんも通った
小学校として知られています。この小学校も、船場の愛珠幼稚園と
同じように、地元の商人らが資金をだして建築した
モダンな小学校です。
現在の校舎は、1929年(昭和4年)の建築で、窓や講堂の梁等に
アーチをつかったモダン建築です。95年に廃校になり
その後、精華劇場としてや、学習ルームとして使われてきましたが
市は、2016年までに売却する予定だそうです。
地元有志の方が、「精華小学校愛好会」を作られて
月1回の校舎を使っての勉強会や、見学会の開催の活動も
しているそうです。(どなたでも事前申込で参加見学可)
そんな 大阪難波のモダンな小学校を、ご覧になりませんか。

精華小学校外観

大阪モダン建築巡り 第65回、メリヤス会館
大阪は、戦前から糸偏産業の盛んなところでした。
そんな時代に、大阪輸出メリヤス工業会の事務所として
昭和4年(1929年)第1期、昭和12年(1937年)第2期と
建てられたモダン建築です。
現在は テナントビルとして、リニューアルされて使われていますが
戦前の大阪の輝いていた時代を、感じることのできる建物です。
場所は、京阪中ノ島線中ノ島駅下車、堂島大橋を渡ったところの
交差点右に直ぐのところです。駅から徒歩5~6分です。


メリヤス会館外観
大阪モダン建築巡り 第66回、大阪福島教会
大阪福島に ヴォーリズ設計の素敵な教会があります。
日本基督教団大阪福島教会です。
大正15年(1926年)建築の建物です。
ヴォーリズの建築は、どちらの建物も優美なデザインで心が惹かれます。
場所は、JR福島駅から、なにわ筋を北へ上がって
東海道線のガードを越えて、ガード沿いに西(左)に2筋目を
北に行くと、左側角に建っています。隣りが愛輝幼稚園です。
ヴォーリズ建築がお好きな方は、是非 ご覧ください。素敵です。

大阪福島教会の正面ファサード

大阪福島教会全景
大阪モダン建築巡り 第67回、板谷歯科医院
大阪市中央区淡路町3丁目、御堂筋から東に2筋目角にある
板谷歯科医院は、大正末期に建てられたモダン建築です。
アーチ窓や丸窓、屋上(パラペット部分)頂部を飾るボーダー飾り
そして何と言っても、角地部分と周囲の壁部分を袖壁で区別した
デザイン処理など、今にも通じるモダン建築です。
地下鉄淀屋橋駅 及び 本町駅どちらからでも御堂筋を歩いて
淡路町通りを東に2筋目 南 西角です。

淡路町3丁目の通りから見た外観
大阪モダン建築巡り 第68回、大阪市信用金庫日本橋支店
日本橋の堺筋に面して、大阪市信用金庫の日本橋支店があります。
この建物は、元々は、大阪市信用金庫の本店として、片岡安の設計で
1936年に完成した建築です。片岡安は 辰野金吾と共に
大阪市中央公会堂の設計にも携わった建築家です。
コンパクトな銀行ですが、エントランス廻りやパラペット廻りに
洒落た装飾が施されたモダンな建築です。

大阪市信用金庫 日本橋支店 全景

玄関廻りのモダンなレリーフ飾り
大阪モダン建築巡り 第69回、大阪信愛女学院
大阪信愛女学院は、1884年に 川口居留地に開設されたのが
始まりですが、その後 昭和7年(1932年)に城東区古市の
現在の地に移りました。
この建物は、その時に建てられたモダン建築で
学校の本館として、現在も使われています。

大阪信愛女学院本館(正門)

大阪信愛女学院礼拝堂
大阪モダン建築巡り 第70回、又一ビル(御堂筋船場)
御堂筋と中央通りの交差点を越えて、直ぐの御堂筋に面して
チョット変わったビルが建っています。前面の一部分だけが
レトロなファサード(前面外観)を残したビルです。
元々 ここには、大谷仏教会館(1919年 大正8年竣工)が
建っていましたが、その建物の外壁だけを切り取った形で
保存して、船場の繊維会社 又一が建てた建築です。
ロンドンなどでは 多くされている、方法での古い建築の
保存方法ですが、日本では 珍しいと思います。
一度 御堂筋に行かれたら 行ってみてください。
地下鉄 御堂筋線 本町駅12号口直ぐです。


又一ビルの保存外観
大阪モダン建築巡り 第71回、日本キリスト教団島之内教会
島之内教会は、地下鉄長堀橋駅から堺筋を南へ
南郵便局の次の通りを西に入ったところにある
南警察署の直ぐ裏手にあります。
1929年(昭和4年)完成のモダン建築です。
大阪大空襲で炎上しましたが、1950年に復興されて
現在に至っています。以前 紹介しました天満教会と同じ
中村鎮の設計です。


大阪モダン建築巡り 第72回、天王寺区役所
現在の天王寺区役所は、モダンな外観の建物ですが
元々の建物は、1927年(昭和2年)に、毘沙門池があった
この地を埋め立てて建てられました。そして その建物のイメージを残して
1996年、現在の区役所に建替えられました。
大大阪時代の面影を残す、天王寺区役所
お近くに行かれたら、覗いてみて下さい。

天王寺区役所 外観

玄関部分
大阪モダン建築巡り 第73回、三ッ山家住宅旧主家
谷町六丁目交差点西南角の、近畿大阪銀行の隣に建っている
モダンな建築が、三ッ山家住宅旧主家です。
大正15年(1926年)に竣工した
鉄筋コンクリート造4階建の建築です。
今 見ても、モダンなデザインが映えています。


三ッ山家住宅旧主家 外観
大阪モダン建築巡り 第74回、天王寺消防署元町出張所
四天王寺西門南側の寺田町へ抜ける道(25号線)に面した
消防署があります。いつできたか はっきりしませんが
なかなかのモダン建築です。イギリスかアメリカあたりに
ありそうなデザインの雰囲気のある建物です。
消防署に入っている消防車は、残念ながら日本製の消防署ですが
アメリカ映画に でてきそうな消防署と感じました。

外観全景

外観柱部分飾り
大阪モダン建築巡り 第75回、大阪セルロイド会館
大阪セルロイド会館は、セルロイドの業界会員の建物として
昭和6年(1931年)に東成区今里に建設され
その後 昭和12年に増築されて、今日に至っています。
国の登録有形文化財にも指定されています。
セルロイドは、歌にも歌われたことのある セルロイド人形 や ピンポン玉
眼鏡フレーム 食器などに多く使われていましたが、可燃性が問題として
だんだん使用する範囲が少なくなっています。そんなセルロイド製品の
業界の会館として、現在も使われているモダン建築です。
行き方は、地下鉄今里駅から玉造通りを西へ
東成区役所の裏手になる黄色い建物です。


大阪セルロイド会館 外観
大阪モダン建築巡り 第76回、済生会中津病院 玄関ホール棟
梅田から御堂筋を北へ行くと、阪急電車のガードの下で交わるところに
レトロモダンな 済生会中津病院 が建っています。
元々 この地には、現在は 淀川区にある北野高校の前身
北野中学がありました。1935年(昭和10年)に、その北野中学が
移転して、そのあとに済生会中津病院が建てられました。
1935年 当時の建物は 建替えられましたが
正面入口の玄関ホール部分のみが、外観が残されて建てられています。
昔の済生会中津病院をしのぶ事ができる建物を
お近くに行かれたら ご覧下さい。


夜の済生会中津病院 玄関ホール棟
大阪モダン建築巡り 第77回、フジ工業(元山根商店)
土佐堀川沿いの土佐堀通りから一つ入った道に
ひっそりと建つ この建物も、一見すると気がつかないような
シンプルなモダン建築です。
肥後橋から西の土佐堀通り界隈には、以前紹介した 里山カフェ 船町ビル
ダコタハウス 江戸堀コダマビル、さらに リストランテ・サリーレ
などが残る、近代モダン建築が残るストリートです。
近代モダン建築の小品が残る、このあたりの散策は如何でしょうか。

大阪モダン建築巡り 第78回、岸本瓦町邸
中央区瓦町にある 岸本瓦町邸 は、昭和6年(1931年)に竣工した
当時の大阪財界人の邸宅です。
外壁には、竜山石が使われたシックな建物です。
設計は、笹川慎一で、住友工作部に所属していた方で
そう見ると、住友のビルに似てる様な感じがします。

岸本瓦町邸全景

登録有形文化財のプレートが
掲げられた入口部分
大阪モダン建築巡り 第79回、新木川温泉
淀川区木川東にある 新木川温泉 は、昭和3年(1928年)に
建築された、銭湯の建物です。玄関前のアーチが印象的な
昭和初期のモダン建築です。
ただ、外壁をブルーに塗り替えたようですが
チョット違和感を感じました。


新木川温泉 外観


