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鬼門は、どうして決まったんでしょうか

家相で忌み嫌う 鬼門 は、どうして決まったんでしょうか。
それには、二つの理由があると考えられています。
その理由の第一は、中国は自国が世界の中心の文明国で周囲の異民族(日本も含む)は、野蛮国とする中華思想の考え方があります。
そして その野蛮国を夷狄(いてき)として恐れていました。
特にその中でも、漢民族の都(長安)から見て東北方向の野蛮人
(蒙古の遊牧騎馬民族)が、最も脅威でした。そのために秦の始皇帝は
万里の長城を築いたくらいです。それだけ東北方向を嫌っていました。
その第二は、東北方向の気候の厳しさです。中国の東北方向には
シベリアがありオホーツクがあり、冬期のシベリアからの寒気のすさまじさのため、中国の住宅が東北を閉ざして建てるくらいです。
この二つの事情を 「易(八卦)」 と 「十干・十二支」 の暦法(こよみ)を
方位に当てはめたときに、東北地方を鬼門と定めたのではないかという
説です。

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日本で家相が、庶民の間で普及したのは、江戸時代からと言われて
いますが、何れにしても、紀元前400年前に中国大陸でできたとされる
ものが、今日の日本においても生きているということです。